テレビのバラエティ番組は一種のショーなので、面白いところしか使われない。タレントが失敗して場がしらけているような場面は、基本的には編集でカットされるので、日の目を見ることはない。
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編集済みのテレビ番組で出演者がスベったシーンが放送されることがあるとすれば、その後のツッコミやフォローで笑いが起きたりして、結果的に面白くなっているときだけだ。
原則として、本気のスベリがテレビで見られることはほとんどない。そんな中で、9月10日放送の『FNSラフ&ミュージック2022~歌と笑いの祭典~』(フジテレビ)は、生放送でプロの芸人が大スベリしているところがはっきり映し出された貴重な番組だった。
番組内の企画「生IPPONグランプリ」では、人気アイドルのSnow Manと芸人たちが大喜利で真剣勝負を繰り広げた。出場した芸人は陣内智則、後藤輝基、藤本敏史の3名。いずれも大喜利を大の苦手としている。そんな彼らが晴れの舞台に引っ張り出されて、アイドルと真っ向からぶつかることになった。
数あるテレビの企画の中でも、プロの芸人にとって大喜利ほど厳しいものはない。真正面からお題に対して答えを出さなければいけない上に、反応や評価がすぐに返ってくるのでごまかしが利かない。実際、笑いの専門家ではないアイドルたちは苦戦を強いられていたし、大喜利苦手芸人たちはそれ以上にもだえ苦しんでいた。
最終的な結果としては、アイドル側が勝利を収めた。芸人側で足を引っ張っていた戦犯は陣内である。彼はアイドルを含む今回のメンバーの中で唯一、「IPPON(満点)」を獲得することができなかった。
この日の陣内の立ち回りは実に見ごたえがあった。序盤で自分の答えが立て続けに審査員全員から評価されず0点をつけられると、自分だけ特別に低い評価をされているのではないか、という不満を漏らし始めた。松本人志をはじめとする審査員の芸人たちが、場を盛り上げるために意図的に自分を低く評価して、自分が何をやってもスベるような空気を作っているというのだ。松本はあきれ顔で「陣内、マジでおもんないねん」と返した。
その後の陣内は、焦りと緊張で表情が硬くなり、声も上ずっていった。ただでさえ大喜利が苦手だというのに、ますますウケづらい状況に自分を追い込んでいった。
最悪の結果に終わった陣内は「二度と出えへんからな!」と捨て台詞を放った。松本に「陣内、このまま負けたままでいいのか?」と問いかけられると、力強く「いい!」と返した。笑いの真剣勝負の現場からの完全撤退を潔く宣言する芸人の姿を初めて見た。
陣内は、長くテレビの第一線で活躍する売れっ子であり、実力者であるには違いないのだが、先輩芸人からはしばしば「スベリキャラ」という扱いを受けることがある。年始特番の『ドリーム東西ネタ合戦』(TBS)でも、MCのダウンタウンからそのスベりっぷりをイジられたことがあった。
ただ、言うまでもないことだが、お笑いの世界では本当に面白くない人に対して「スベっている」とは言わない。そう言われて面白くなるようなキャラクターを持っているからこそ、先輩芸人からそのような「かわいがり」を受けることになるのだ。
ただ、彼のキャリアを振り返ると、そもそも陣内という芸人は「スベリ」と共にここまで歩んできたと言える。デビュー当時の彼は、幼なじみの相方とリミテッドというコンビを組んでいた。彼らが活動していた当時の大阪では、気鋭の若手芸人同士が笑いの真剣勝負を繰り広げていて、それぞれが芸人仲間にも観客にも厳しくジャッジされるような雰囲気があった。
そんな中でリミテッドは思うような結果を出せなかった。スベってしまうことも多く、周囲の芸人からも「面白くない芸人」という扱いを受けていた。挙げ句の果てには「リミテッドを見ると不幸になる」という噂が流れて、彼らがネタをやっている間に観客が全員うつむいてしまうようなこともあった。リミテッドは解散することになり、ここから陣内の新たな戦いが始まった。
彼の芸人人生が好転したきっかけは、音声を使った独自の形のピン芸を作ったことだ。これが評価されて、数多くのネタ番組に出るようになった。そこから人気が上向いていき、情報番組のMCなどを務めるようになり、一気に人気タレントの仲間入りを果たした。大物女優とも結婚し、彼はこの世の春を謳歌していた。
しかし、ここで陣内はプライベートで手痛い「スベリ」を経験することになった。離婚をしてしまった上に、その原因が自身の浮気であることを認めたため、大バッシングを浴びて人気は急落した。しかし、そこからまた彼は這い上がってきた。現在はMCだけでなく、MCを支えるバイプレーヤーとしても重宝されている。
ダウンタウンが若手芸人の間で「大喜利」という文化を広めて以来、芸人は大喜利ができてこそ一人前だという空気が生まれた。しかし、大喜利は決して芸人の必修科目ではなく、選択科目に過ぎない。誰もがそれを得意になる必要はないのだ。
我々一般人は表舞台に立つこともないし、笑いの真剣勝負の現場に居合わせることもない。その意味では、スベったときに気持ち良くスベり切るのも、プロの芸人にしかできない大事な仕事である。圧倒的な結果を出した上で、要所要所でスベり続けてここまで来た陣内の「負け芸」は、ベテラン芸人ならではの深い味わいがある。(お笑い評論家・ラリー遠田)