関ケ原合戦図屏風
関ケ原合戦図屏風
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 日本史上最大の合戦「関ヶ原」を、徳川家康と毛利輝元の対立構造で描き出した長編歴史小説『天下大乱』(朝日新聞出版)が刊行された。ブックジャーナリストの内田剛氏をして「武者たちの息づかいまでも聴こえる迫真の群像劇。紛れもない、これぞ本物の関ヶ原だ!」と言わしめた本作は、著者・伊東潤氏の“集大成”といっても過言ではない。刊行を記念して、伊東氏に作品にかけた思いを語ってもらった。

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――関ヶ原の戦いは、これまでも多くの作家が取り上げてきましたが、本作によって歴史が「書き換えられた」と言ってもいいほど斬新な物語となっていました。

 これまでとは全く違った関ヶ原の物語を楽しんでいただけると思います。ここ10年ほどで、関ヶ原の戦いについての研究は急速な深化を遂げました。政治的駆け引きや合戦の様相など、従前のものとは全く違ったものになったと言っても過言ではありません。そうした研究成果を小説として結実させ、世に問うことは、時代的要請でもあると思いました。

――司馬遼太郎さんの描いた『関ヶ原』(1966年刊)と比べると隔世の感があります。本作は、今まで語られてきた戦の構図とはガラっと変わっています。

 これまで、関ヶ原の戦いといえば、石田三成が単独で構想を練り、実行段階も主導していたというものが一般的でした。いわゆる石田三成vs徳川家康という対立構造です。本書ではそれを逸脱し、毛利輝元vs家康という新たな構造を打ち出したことが最大の特徴です。もちろん石田三成も西軍の中心人物の一人ですが、西軍の動きを輝元の視点から捉えることで、この戦いの新たな魅力を発見できると思います。

――伊東さんが考える、本作の魅力はどこにあると思われますか。

 ぜい肉をそぎ落としたところです(笑)。つまり、忍者や恋愛といったサイドストーリーなど小さなものからテーマ性という大きなものまで全て削ぎ落とし、家康と輝元の駆け引きに集中させたところです。そうした意味では、歴史ファンの嗜好に思い切り寄せたと言えるでしょう。確かに文芸的価値からすれば、形だけでもテーマ性を持たせてサイドストーリーを入れた方が、評価は高くなるはずです。しかし、本作は歴史ファンが好むコア部分、すなわち駆け引きと合戦だけに集中しました。それでも家康や輝元の人間性や人格がいかに形成されていったかは、手間をかけて描きました。ですから駆け引きと合戦だけと言っても、人間ドラマとしての力強さは十分にあると思います。

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祖父の元就を乗り越えたいと願った輝元