「映画に少し近づけたとしても、ずっと追い続けなければいけないものだとも思い知らされた。これからも追い求めていきたい」。岸井の視線は常に前を向いている(写真=品田裕美)
「映画に少し近づけたとしても、ずっと追い続けなければいけないものだとも思い知らされた。これからも追い求めていきたい」。岸井の視線は常に前を向いている(写真=品田裕美)

「クラスで自己紹介をするシーンで、みんなが順番に『○○中からきた○○です。将来の夢は○○です』って言うんだけど、やっぱり決められたセリフだから、なんか胡散臭(うさんくさ)い。でもゆきのだけは、なぜだかめちゃくちゃよかった。その良さがなんなのか、そのときはわからなかったんです」

 編集中に理由がわかった。岸井だけが「将来の夢は」の前に、小さく「えっと、」と言っていた。

「自己紹介って緊張するし、いざ自分の番がきたら、絶対『あの』とか『えっと』とか言っちゃう。でもセリフにはないから、言っちゃいけないと思ったんでしょう。だから声にならないほどの声で『えっと、』って言っていたんだなと。あ、これが臨場感なんだと、僕のほうが気づかされた」

 後日、本人に言っても憶えていなかったそうだ。22年、映画「神は見返りを求める」で8年ぶりに仕事をしたが「経験値は上がったけど、役を“人”としてみせる説得力は変わらない」と感じた。

「自然に、まるでドキュメンタリーのような芝居をできる人はいる。だがそれをやると今度は華がなくなってしまう。でもゆきのはドキュメンタリーなのに華がある。僕はワークショップで生徒をたくさんみるけれど、そういう人は出てこない。これはもう選ばれた人、なんですよ」

(文中敬称略)

(文・中村千晶)

※記事の続きはAERA 2023年1月2-9日合併号でご覧いただけます

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