岸井の背中を押したのは、ひたすらに映画への愛だった。
「大好きな映画の世界に入れるかもしれない。やってみようか、と。でも状況はよくわかっていなかった。怖いもの知らず、でしたね」
そこから闘いがはじまった。
演技は当然、未経験。高校在学中にドラマでデビューするも仕事はそうなく、卒業後はアルバイトをしながら映画やドラマのオーディションを受け続けた。たまに呼ばれる現場はクラスメートの一人。役名もなく、もちろんセリフもない。
「言い方は悪いけれど“背景”ですよね。このままではきついぞ、長くは続けられないぞと思った」
岸井は再び、自分から動いた。劇団のワークショップやオーディションをチラシで見つけ、積極的に参加したのだ。
「こうしたらいい」よりも「これができないんだ」ということを知る日々だった。でも演劇は稽古期間が長く、いろんなことを試せる。試しながら「あ、これは違う」と取捨選択ができる。なによりも「ものづくりに参加している」感覚がたまらなかった。
「演劇はどんなに小さい役でも“一員である”という感覚が大きいんです。みんなで作っている感じが楽しくてたまらなかった」(岸井)
■小さな声の「えっと」が 芝居の臨場感を出した
映像のオーディションには落ち続けたが、気にならなかった。芝居がやれれば、それでいい。フレンチレストランや焼き肉店でのアルバイトも本気で楽しんだ。それぞれのパートが自分の仕事をする厨房(ちゅうぼう)は、映画や演劇の場にも似ていた。
「演劇やって、死ぬほどバイトして、また演劇やって死ぬほどバイトして、ということを多分続けていくんだろうなと思っていました」
そんな岸井に、映画のほうが近づいてきた。
監督の吉田恵輔(47)は13年、映画「銀の匙(さじ) Silver Spoon」のオーディションで岸井に会った。
「即決でした。お芝居の質が違ったんですよ」
舞台となる農業高校の生徒役。大きな役ではなかった。が、決定的な出来事が、クランクインの初日に起こった。