東京五輪の柔道日本代表発表の場で涙を見せた井上康生監督。これまで選手たちが力を最大限発揮できるように「選手第一」の視点を重視してきた。選手たちからの信頼は厚い。AERA2020年3月9日号で掲載された記事を紹介する。
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宮崎県出身。5歳で柔道を始めた。警察官で柔道家の父・明さんに柔道の土台を築いてもらった。小中高大全てで日本一の座を勝ち取った。2000年シドニー五輪。前年に亡くなった母・かず子さんの名を黒帯に刻み、5試合全て一本勝ち。母の遺影を掲げて表彰台に立った姿は日本中の涙を誘った。
あれから20年。4児の父となり、髪に白いものも目立つようになった。日本代表監督のほかにも母校の東海大では准教授を務め、取材や講演の依頼も多い。海外の大会もひっきりなしで、2月は遠征のため約3週間で欧州を2往復する過酷なスケジュールをこなした。以前の立食パーティーで野菜を口にしながら語っていた。「兄(05年に32歳で死去した長兄の将明さん)も若くして亡くなっていますから。食生活、とくに塩分の取りすぎなんかには気を付けていますよ」。道着の外からでもわかる引き締まった体は、日頃の節制なくしてはあり得ない。
多忙な日々でも選手から絶大な信頼が集まるのは、選手の「個」を尊重し、とことん向き合い、「ともに戦う」という姿勢を貫いてきたからだろう。個性、表情、勝敗、畳の上のパフォーマンス……。まさに十人十色の要素を把握して、その時々でかける言葉を探す。男子90キロ級で東京五輪の代表をつかんだ向翔一郎(ALSOK)は「井上監督から掛けられる言葉が一番落ち着く。あたたかいし、ありがたい」と語る。
代表の監督人生の集大成となる東京五輪まで150日を切った。2月27日に男子7階級のうち6階級で代表が決まった。
これまでの五輪では4月の国内大会を最終選考会として代表を決めていたが、東京五輪に向けては全柔連が選考法を大幅に見直し。各階級の状況を見て、実力が抜きんでた選手は早めに代表に選び、五輪本番へ準備の時間を長く確保しようという選考法に変わった。