それを象徴するのがカヴァーの1曲「スカボロー・フェア」。60年代にサイモン&ガーファンクルがとりあげ、ダスティン・ホフマン主演映画「卒業」の劇中でも流れたためアメリカの音楽と思われがちだが、もともとはイギリスの伝承歌が発祥とされている。主にイギリスなどヨーロッパの各地に言い伝えられてきた寓話や民話をもとに、反復やリフレインを用いた形式で独唱、朗読されるこうした伝承歌のことを「バラッド」と呼ぶ。ポップスなどでテンポの遅い曲調を指す「バラード」はこの言葉から派生したものだ。

「スカボロー・フェア」はまさにそうした「バラッド」を代表する歌の一つ。作者不詳とされる曲の多くは、誰からともなく歌い継がれてきたもので、現在70歳のベニシアも、小さい頃に自然とこれらの「バラッド」を耳にして育ったのだろう。

 スコットランド出身のシンガー・ソングライター、ドノヴァンの「Colors」をとりあげているのも、おそらく偶然ではない。60年代に「サンシャイン・スーパーマン」「ハーディー・ガーデイー・マン」といった多数のヒットを放ち、日本でも人気を獲得していたドノヴァンは、「バラッド」の伝統を受け継ぐミュージシャンだ。ベニシアがティーンエージャーの頃、すでに成功をつかんでいたドノヴァンは、彼女にとって歌で母国を思い出させる存在なのかもしれない。そらで歌っているかのような自然な歌い方が、彼女の遠い記憶を引き寄せている。

 音楽経験はほとんどない。だが、10代の寄宿学校時代、聖歌隊で歌っていたというベニシアにとって、歌を歌うということ、音楽に触れるということは、生活を豊かにしてくれるものだった。聖歌隊のオーディションでは、イギリス民謡「ラベンダーは青い(ラベンダーズ・ブルー)」を歌ったという。本作のために寄稿したベニシア本人のエッセーには、次のようにつづられている。

「朝礼で聖歌隊オーディションの結果が発表された。私の学年からは、ターシャ、ダイアナ、そして私の三人が選ばれた。みんなが大きな拍手をしてくれた。拍手がやむと、校長先生は笑顔で続けた。『もうひとつ発表します。今年のマタイのソロを歌うのは、ベニシア・スタンリースミスです』。クラシック聖歌の傑作といわれるマタイ受難曲は、マタイ福音書26章と27章にヨハン・セバスチャン・バッハがメロディをつけた、キリスト教オラトリオである。全校からの喝采に、私は笑顔で応えながら、信じられない気持ちだった」

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ベニシアのデビュー・アルバムに協力した豪華メンバーは