川上未映子の『乳と卵』や平野啓一郎による『空白を満たしなさい』など、日本の現代小説も幅広く読み込み、いけばなで表現した(撮影/写真部・掛祥葉子)
川上未映子の『乳と卵』や平野啓一郎による『空白を満たしなさい』など、日本の現代小説も幅広く読み込み、いけばなで表現した(撮影/写真部・掛祥葉子)
「青い狐」の部屋の床には、1匹の蛇が動き回っている。あなたは蛇を「踏む」?「踏まない」?(撮影/写真部・掛祥葉子)
「青い狐」の部屋の床には、1匹の蛇が動き回っている。あなたは蛇を「踏む」?「踏まない」?(撮影/写真部・掛祥葉子)

 ヴェネチア・ビエンナーレで銀獅子賞を受賞し、世界的に注目されるフランス人アーティストのカミーユ・アンロ。日本初の本格的な展覧会が東京・初台で開催中だ。AERA 2019年12月2日号では、日本文学の影響を受けた彼女の作品などを紹介。その魅力に迫った。

【写真】床には1匹の蛇が? 空間全体が作品の「青い狐」はこちら

*  *  *

 清冽(せいれつ)な白い空間で、不思議な形の花器にいけられたダリアや椿。作品の横には本の題名と著者、引用された一文と花材の名前が書かれている。紫式部の『源氏物語』や三浦しをんの『舟を編む』など、日本の文学10冊を含む39冊のリストからは、カミーユ・アンロさんの幅広い関心と思索がうかがえる。

 草月流のいけばなに触発され、2011年から継続的に制作されているこのシリーズのタイトルは「革命家でありながら、花を愛することは可能か」。マルセル・リーブマンによるレーニン伝からとられた一節だ。

「いけばなとの出会いは、アントニオ・タブッキの小説でした。いけばなを習っている若い女性が登場するのが印象的で、華道の様式性に興味を持ったのです」

 展覧会のタイトルにもなっている『蛇を踏む』は川上弘美の芥川賞受賞作だ。

「たとえば『蛇を踏む』からインスパイアされた花器は蛇の形をしています。花材については花器の曲線をどう活(い)かすか、色や種類なども草月流の方との共同作業で作りました。すべての書物について自分が得た印象から、花器を作り、花材やいけ方を考えています」

 アンロさんは1978年、フランス生まれ。映像、彫刻、ドローイング、インスタレーションなどさまざまなメディアを駆使しながら、「知」と「創造」を探る新しい表現を追求してきた。

 13年に映像作品「偉大なる疲労」でヴェネチア・ビエンナーレの銀獅子賞を受賞。17年にはパレ・ド・トーキョー(パリ)で、全館を自由に使った個展の権利を与えられた、史上3人目の作家となった。

 今回の展覧会でも、いけばなのシリーズの他に、ドローイング「アイデンティティ・クライシス」、空間全体が作品の「青い狐」、そして「偉大なる疲労」を観ることができる。今、注目のアーティストの全貌がわかる展覧会なのだ。

次のページ