私たちが使っているいわゆるフォン・ノイマン型コンピューターは1か0かどちらかを表すことができる「ビット(bit)」という基礎単位を並べて数や字を表して処理している。ある時点でのコンピューターの状態は一つに決まってしまう。ところが、量子コンピューターでつかう基礎単位「量子ビット=キュービット(qubit)」は、一つで1と0の両方を背負うことができる。10個並べればその表す数は一つではなく、重ね合わせの状態として「2の10乗個=1024個」の数が同時に存在することになる。不思議だが、それが量子力学的世界である。
量子コンピューターの原理は、
(1)重ね合わせを使って、すべての場合を同時並列に計算する。
(2)計算された重ね合わせ状態の中から目的に合う状態を選ぶ「量子アルゴリズム」という手続きを実行する。
という二つだが、それをミクロの世界で実行することは難問だった。
物理学者、工学者ら量子ビットを実現させようという人々は、超伝導回路、光学的なパルス、電子のミクロな磁石的性質(スピン)、1個のイオン……など、いろいろな物理的存在で作ろうと挑戦したが、難しい。ミクロであるだけに、外部からの雑音で動作がおかしくなる。高密度に並べるのも難しい。
20世紀終わりになって、やっと超伝導を使って安定した動作をする量子ビットができた。99年、日本電気基礎研究所の中村泰信(当時、現在は東京大学先端科学技術研究センター教授)が世界で初めての超伝導量子ビットを開発してネイチャーの表紙を飾った。しかしそこから今までの道のりは長かった。
●「実際に役に立つ」という確実な証拠が必要だった
今回のグーグルチームでの立役者は、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の教授を兼任しているジョン・マルティニスである。超伝導の応用であるジョセフソン接合の研究で博士号を87年に取った後、2002年からジョセフソン接合を使った量子コンピューターの研究を開始、04年に同校に着任し、仕事を続けていた。10年に彼のグループは、「最初の量子機械」とあだなされた量子力学に従って運動する振動子の開発で、米科学振興協会の「今年のブレークスルー」を受賞した。これが今の量子ビットにつながる。
彼のそんな仕事に目をつけたのが、米グーグルだ。20世紀終わりから量子コンピューターに取り組んできた老舗IBM社よりももちろん遅かった。一発逆転をねらったのが、14年のマルティニスグループの丸抱えだった。