米グーグルの「量子超越」の発表は、量子コンピューターが人類の未来を切り開く「夢」かどうかを見極めるカギだ。果たして「曙」は来るのか? AERA 2019年11月25日号では、その量子コンピューターの可能性について特集。科学ジャーナリスト・内村直之氏が解説する。
【写真】54個の量子ビットが収められた量子コンピューター「シカモア」
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「ミクロ世界の理論を使った量子コンピューターの能力は既存のフォン・ノイマン型のスーパーコンピューターを遥かに超えるという証拠を得た」
10月23日、米グーグルのこの発表に使われたメディアは、世界的な科学誌「ネイチャー」だ。その表紙は後光のように広がる金色のワイヤーの中央に「QUANTUM SUPREMACY(量子超越性)」の文字が浮かび上がっている。どうもその後ろに量子コンピューターが隠れているということらしい。その下には「量子チップが初めて古典スーパーコンピューターをしのいだ」という文が添えられている。同誌10月24日号は、エディトリアル、ニュース、解説記事、そして本論文「プログラム可能な超伝導素子を使った量子超越」と4本の記事で埋まっていた。やや異様ともいうべきだろうか。
実は、その1カ月ほど前から、この話題は研究者に広まっていた。NASAエームズ研究センターのウェブサイトに、この論文の元原稿がアップロードされていたというのだ。この研究をしている人物がNASAでも活動し、その下書きを誤ってか故意かわからないが、載せたらしい。その後消されたが、その重要性を見てとった人たちによってダウンロード、転載、そして流通したという。それをつかんだ経済紙フィナンシャル・タイムズが9月21日付の記事として概要を書いていた。「オリジナル論文はまだか、どこに出るんだ」と、関係者はウズウズしたという。
ミクロ世界の原理である量子力学の本質を計算に使おうという量子コンピューターは1981年、量子電磁力学を創ってノーベル物理学賞を受けたリチャード・ファインマンが提唱した。量子力学的な現象を解析しようと思ったら、古典的な理屈で動くこれまでのコンピューターでは不十分、量子コンピューターでないと計算できないことがあるはずだ、という主張であった。 だが、実際の量子力学のもとで動く素子を作ることの難しさは、並大抵ではなかった。
●ミクロの世界で難問だった、量子コンピューターの原理
ミクロ世界を成立させている量子力学は不思議の塊である。私たちの世界では「電気のスイッチはオンかオフのどちらか」でしかないが、ミクロ世界ではオンとオフの両方を背負った「重ね合わせ」という存在が可能だとされる。あの「生きているネコ」と「毒にあたって死んでしまったネコ」が共存しているという「シュレーディンガーのネコ」と同じ話である。