大きな爪痕を残した台風19号だが、東京都心では大規模浸水が起きなかった。積み上げてきた巨額の治水投資が奏功したが、今後への課題も残る。AERA 2019年10月28日号に掲載された記事を紹介する。
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「これまで進めてきた河川整備が機能したことに加え、幸運も重なってギリギリで食い止めたという印象ですね」
公益財団法人リバーフロント研究所技術参与の土屋信行さんはこう語る。土屋さんは元江戸川区土木部長で、『水害列島』『首都水没』の著書がある、水害対策のエキスパートだ。
荒川と利根川水系の江戸川に囲まれた江東5区(墨田区、江東区、足立区、葛飾区、江戸川区)は海抜以下のゼロメートル地帯がほとんどで、浸水想定区域に250万人が暮らす。
ここを洪水被害から救ったのは、荒川中流域にある巨大な貯水池「彩湖」(97年完成、総貯水量1060万立方メートル)や、全長6.3キロメートルの世界最大級の地下放水路「首都圏外郭放水路」(埼玉県春日部市、06年完成)などだ。
首都圏外郭放水路は、近隣の5河川が基準以上に増水するとトンネルを通して調圧水槽に水をため、4台の巨大ポンプで川幅が広い江戸川に排出する仕組みだ。調圧水槽は、内部の柱と空間の巨大さや荘厳な雰囲気から「地下神殿」とも称される。
管轄する国交省江戸川河川事務所によると、12日夕方までに5河川すべてから流入が始まった。5河川すべての水位が基準以上に上がることはめったにないという。午後9時20分には同事務所に「非常体制」が敷かれ、電車が止まる中、80人近い職員がタクシーや車で駆けつけ24時間監視体制を取った。
同放水路には最大約67万立方メートルの水をためることができるが、江戸川の水位も上がり調圧水槽から水を排出できなくなれば、5河川全てが氾濫の危機にさらされる。
だが幸い、江戸川の水位は何とか持ちこたえた。調圧水槽から江戸川への累積排水量は、12日午後6時50分から3日後の15日午後3時13分までの間に1151万立方メートル。サンシャイン60ビル約16杯分を排出したことになる。