猫が人間を支配している怪猫伝説は、はたして…(写真:getty images)
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『戦国武将を診る』などの著書をもつ日本大学医学部・早川智教授は、歴史上の偉人たちがどのような病気を抱え、それによってどのように歴史が形づくられたかについて、独自の視点で分析する。今回は、愛家として知られる江戸時代の絵師、歌川国芳を「診断」する。

【写真】ふだんはあまりお目にかかれない、かわいい猫の前歯をお届けします

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 妻の実家には代は変わっても、常に猫が1匹いる。数年前に知人から貰ってきた仔猫は成長してもやんちゃで襖(ふすま)や障子に爪を立てて飛び回っている。筆者にこの猫の数十分の一でも愛情を分けてくれるとありがたいのだが、なぜか猫のみに大甘である。

 2018年の調査では全世帯の9.8%(犬は12.6%)が猫を飼っており、推計個体数は964万9千頭(外猫を除く)だそうである。肉食動物が厳しい自然界で十分な餌を得るのは難しいことを考えると、ヒトとの共生を選んだのは猫族としても大成功であろう。2007年イエネコのゲノムが解読され、野生種との比較が報告されたが、中東にすむリビアヤマネコが最も近く、数千年前に家畜化されたという。農業の成立とともに備蓄した穀物を食い荒らすネズミが繁殖し、これを捕食する猫の先祖と我々の先祖が共生し、ネズミをとる必要がなくなった都市生活でも愛玩されて現代に至ったのであろう。我が国でも飛鳥時代から猫の記録が現れるが、江戸時代には日光東照宮(栃木県日光市)の「眠り猫」から豪徳寺(東京都世田谷区)の「招き猫」まで、多くの猫が人気者となる。 

■猫の浮世絵画家

 浮世絵の世界では歌川国芳(1798-1861)が最大の愛猫家である。国芳は役者絵、武者絵、風景画、風刺画から春画まで膨大な作品を残しているが、猫を脇役にした美人画や猫自体を描いた作品も多い。

 諸国名産を紹介した「山海愛度図会」の一つに「ヲゝいたい」という作品があるが、爪を出した猫に抱きつかれた若い女性が「おお痛い」と叫びながらも嬉しそうに抱き上げてる(うらやましい)。背景には猫の好物の「越中滑川の大蛸」が描かれている。国芳自体が大変な愛猫家で十数匹の猫を飼い、死ぬと大変な嘆きようで大枚を叩いて戒名を受けて寺に葬ったという。ネズミ捕りという本来の用を離れてどうしてかくも猫が可愛がられるようになったかは諸説があるが、今回はトキソプラズマが介在するのではないかという、ちょっと怖いお話をひとつ。

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