■欧米で感染者が爆発的に増加

 ヒトのみを自然宿主とする麻疹ウイルスは、風邪の原因のひとつであるRSウイルスやおたふくかぜの原因のムンプスウイルスに近縁のRNAウイルスである。空気感染によって呼吸器から感染し、リンパ節、脾臓(ひぞう)、胸腺など全身のリンパ組織を中心に増殖するので強い免疫抑制作用がある。小児期に発症した麻疹は多くの場合、発疹と発熱が主な症状で比較的軽症であるが、まれに肺炎や脳炎を来たし、生命にかかわることがある。成人の場合にはカメハメハ2世のように重症化するリスクが高まる。

 全世界では年間に50~100万人が罹患し、十数万人が命を落としている。特に今年になって、先進国である欧米を中心に感染者が爆発的に増加している。麻疹には感染と発症をほぼ完全に予防できる優れたワクチンがあるが、接種率が下がっているのが問題である。2000年に、予防接種によりはしかを根絶したと宣言した米国でも、ワクチン接種者が減ったことから今年になって患者が急増。麻疹・おたふく風邪・風疹混合ワクチンの接種を受けない場合、最大1000ドルの罰金が科されると報道されている。

■東京五輪に向けてワクチンへの理解を

 他の感染症同様、麻疹ワクチンも一定頻度で副反応が出現することは避けがたい。だが、これを薬害とする一部の報道には危惧を覚える。

 WHO(世界保健機関)では、2019年の「全世界における十の健康問題」で、「ワクチン忌避」を取り上げている。先に述べた肺炎や脳炎で急性期に死亡する患者さんの他にも、麻疹感染後、数年を経て発症するSSPE(亜急性硬化性全脳炎)では、徐々に進行する神経障害を来たし、有効な治療法もない。麻疹は天然痘同様にヒトのみが宿主で、他の動物には感染しないので原理的には全世界の感染可能な人々を免疫することで根絶が可能である。

 我が国においても2020年のオリンピックに向けて外国からの観光旅行者を迎えるうえで、積極的なワクチンの普及が必要であろう。

AERAオンライン限定記事

◯早川 智(はやかわ・さとし)
1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に『戦国武将を診る』(朝日新聞出版)など。