その背景に男女の賃金格差や、女性は男性と比べて非正規労働が圧倒的に多いという現実があることは無視できない。しかし個々の男性がそれを結婚という形で引き受け、その経済力をフォローしたいかというと、そうは思えなくても無理はないだろう。
「最初の結婚は20代前半で、勢いでしたようなものです。それでも経済的な基盤については事前に話し合っていて、ふたりで暮らしたほうが広いところに住めるし、生活費もおさえられるね!と意見が一致したから結婚しました」
『傲慢と善良』の架も、既婚の男友だち何人かに結婚しようと思った理由を聞いたところ、「そんなの勢いだよ」と返ってきた。
架が「ピンとこな」かった理由のひとつに、真実のことをよく知らないという理由もあった。アプリをとおしてマッチしたふたりは生育環境も交友範囲も違う。けれど、結婚の判断をするにはどこまで相手を知ればいいのか。
架は消えた婚約者を探し、いままで自分が知らなかった彼女の側面を知っていく。架が人伝に聞く真実という存在は、多くの人が共感できる「善良さと傲慢さ」を持っている。
そして架自身、真実を探しながら自分のことも知っていく。結婚したいのか、なぜすると決めたのか、自分は結婚に何を求めているのか。ここにも「善良さと傲慢さ」がある。
その共感は決して優しいものではなく、時に読者の心に深く突き刺さる厳しい現実でもある。だからこそ、女性からも男性からも、“人生で一番刺さった小説”という声が寄せられたのだろう。
(取材・文/三浦ゆえ)