「僕にも、5年もつき合ったなら結婚するのが筋だという気持ちはあったんです。でも彼女は、結婚後は専業主婦になる以外のことは考えていなくて、その違和感が消せなかった。高級車じゃなきゃイヤとか、ブランドもの以外は着たくないとか……見栄っ張りなところがあったんです」
実はタクオさんの実家は、地元では知らない人がいない会社を経営している。経済的にもかなり裕福だ。タクオさん自身は家族とは無関係の会社に勤めており、今後家業に参加するつもりもない。けれど彼女とその母親から「いつ家業を継ぐの?」と訊かれたことは一度や二度ではなかった。
「転職して東京に出てきてからは、マッチングアプリでいろんな女性と出会いました。彼女とは別れていなかったけど、遊びたかったんですよね。キャリアを築くために勉強をしている女性としばらくつき合ったとき、自立している女性ってかっこいいなって思ったんですよ。いずれ結婚するなら、相手はこんなふうに自分を持っている人がいい、と漠然とイメージするようになりました」
その女性とはお互いに忙しすぎて時間が合わず、交際はつづかなかった。その後もタクオさんは軽い遊び目的でマッチングアプリを利用し、ほどなくして妻となる女性と出会う。一方、作中の架は結婚を望みながらも“ピンとくる”相手に出会えず、50人以上とマッチングを繰り返した。
「いまでこそめずらしくないんでしょうけれど、10年前はマッチングアプリで出会ったっていうのはちょっと人には言えない感じ。だから結婚するとは夢にも思わなかった……のですが、彼女は実家の居心地が悪かったらしく僕の家に転がり込んできて、すぐに同棲開始。2年経ったころに、彼女の妊娠がわかりました」
当時の彼女は大学を卒業したばかりで、タクオさんも20代。人生設計からは大きくはずれていた。
「でも、これ以上の人はいないだろうなと思ったんですよね。覚悟を感じたんです。彼女はまだ20代前半で、今後いい人にいくらでも出会えそう。でも僕と家族になり、家庭を大切にしていくんだという気概のようなものが伝わってきました。つき合いはじめのときから意志が強くて周りに流されないところに惹かれていたんですよ。僕はフラフラと流されやすいところがあって、これを船にたとえるなら彼女は碇のような存在。よし、結婚するか、って感じでした」