原発事故から間もなく8年。放射能への不安、避難先での定着が帰還を躊躇させている。そうした中、かつての避難指示区域に、全国から移住した人たちがいる。気負わずに自然体で、「困った人を助けたい」と、住民たちの生活を支える。
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冷たい北風を受けながら馬たちの世話をする女性がいた。渡部南さん(37)。
「冬の風の強い日は馬の運動も大変。心が折れそうになるので、気合と根性で仕事をしています(笑)」
福島県南相馬市小高(おだか)区。東京電力福島第一原発から20キロ圏内にある。2011年3月に起きた原発事故により避難指示が出たが、16年7月、一部の帰還困難区域を除いて解除された。渡部さんはそれと時を同じくして、乗馬牧場「厩舎みちくさ」を立ち上げた。被災して行き場を失った「被災馬」やポニーなど、顧客からの預かり馬11頭を含め14頭を飼育する。
広島県の生まれで、福島には縁がない。取り持ったのが、馬だった。動物が好きで小中学校と乗馬クラブに通った。高校では馬術部。卒業後はJRA馬事公苑(東京都世田谷区)で勉強した後、千葉県などで乗馬のインストラクターをしていた。大地震が起き、福島第一原発が爆発したのはそんな時。自分にできることはないか──。11年5月、NPO法人「引退馬協会」(千葉県香取市)から被災馬の世話のため南相馬に派遣されたのを機に、ここに住んで馬の世話をしたいと思った。
「古い建物や大きい木がたくさんあるのにびっくりして。まんが日本昔ばなしみたいな景色が、本当に日本にあるんだと思ったんです」
元は牛の牧場を借り、「厩舎みちくさ」はスタートした。
基本的に一人で牧場を切り盛りする。朝から晩まで働き詰めで、休みはゼロ。「貧乏暇なし」と笑う。でも馬たちと過ごす生活が楽しくて仕方がない。
渡部さんには夢がある。引き取った被災馬に、自身が乗馬を教える子どもたちが乗って馬術競技大会などに出てくれることだ。
「この場所があるから小高に足を運んでくれる。そんな人が、これから先もいるといいなと思っています」