●バドミントン 奥原希望
新境地「休むこともプラス」
7月16日。バドミントンのタイ・オープンで個人では約11カ月ぶりに優勝し、成田空港に帰国した奥原希望(日本ユニシス)の表情は晴れやかだった。
「早くたどりつきたかった場所なので。とりあえず、優勝できてホッとしています」。この1年間、自分と向き合ってきた思いの強さを感じた。
リオ五輪で銅メダル。昨年8月に日本選手として初めてシングルスで世界選手権を制し、今年5月には女子ユーバー杯で37年ぶりの団体優勝に貢献した。この1年間で、個人でも団体でも世界一。順風満帆にみえるが、その陰で悩み、もがいてきた。
昨年11月の全日本総合選手権1回戦。右膝の痛みを抱えてコートに立った奥原はわずか5分で退いた。会場もどよめく、突然の棄権。唇をかみ、目に涙をためながら話した。
「苦しい決断ですけど、自分が目指す東京五輪に向けたらこうするしかなかった」。満足にプレーできない自分へのもどかしさを抱えていた。
156センチの小柄な身体で走り回り、驚異的なスタミナで相手のシャトルを徹底的に拾う。「世界一しつこい」と恐れられるそのプレースタイルは、半面、常にけがとの戦いだった。
リオ五輪前に両膝を手術。五輪後に右肩を痛めた。そして世界選手権を制した直後にまた膝。「正直、なんでまた、という思いもある」と明かしたことも。復帰後はコントロール感覚をなかなか取り戻せず、焦りを感じた。
そんな奥原が「新しい境地が見えてきたんです」と言ったのは、5月のことだった。
「最近は、休むこともプラスだと捉えられるようになってきた」
幼少期からとにかく練習熱心で、365日、休むことなく練習した。埼玉・大宮東高時代に指導した大高史夫さんは「こっちが止めないと、本当に休まない」。夜9時近くまで体育館で練習し、自主練を終え、疲れていても1時間走りにいった。ただ、けがを重ね、追い込まれて、気づいたのだという。「休む勇気も必要なんだ」と。
奥原家では正月に目標を油性ペンで書き、家の壁に貼る。2018年に書いた言葉は「適度」。「○○大会で優勝する」「メダルをとる」といったこれまでの言葉が大きく変わった。
世界一も経験し、「自分が自信を持ってコートに立てれば、結果はついてくると思えるようになった」。目標とする20年に向け、一歩ずつ、進んでいる。(朝日新聞記者・照屋健)
※AERA 2018年8月6 日号