哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。
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いま、パリに来ている。1週間だけの慌ただしい旅である。
旅の目的の一つは、私の師匠である多田宏先生の合気道講習会に出席するため。もう一つは、日本文化会館での二つの講演を聴くためである。
ここで多田先生が講習会の前日に武道と東洋哲学について講演し、そのさらに前日には友人の数学者森田真生君がフランス人哲学者と「普遍性と多様性」について対話するという魅力的な企画があった。
師匠と畏友の講演が2日続く。このような好機は滅多にあるものではない。私は旅が(特に海外旅行が)苦手で、できるだけ家から出ずに日々を過ごしているのだが、今回は例外。
短いけれど、収穫の多い旅だった。たまたまフランスという国の「成熟度」を感じる出来事に二つ遭遇したので、後学のために記しておく。
一つはスーパーマーケットのレジがコンピューターの故障で止まったこと。10ほどのレジの前にカート一杯の買い物をした客が数十人並んでいた。何の説明もなく、いつ機能回復するかのアナウンスもなかったが、客は無言で並んでいる。