つらく苦しい血のにじむような努力の末に得られるものが勝利。日本のスポーツ界では長く、そう考えられてきた。だが「楽しまなければ勝てない」が新たな「常識」になりつつある。
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平昌五輪のスノーボード男子ハーフパイプ。銀メダルを獲得した平野歩夢(19)は、米のショーン・ホワイト(31)に最終試技で逆転されても、笑顔だった。
「楽しかった。今までイチの大会だったんじゃないかな」
滑走順が逆なら結果は違っていたかもしれない。だが、そんなことには触れず、実力を出し切ったことを誇らしげに語った。
こんなふうに試合を楽しみ、結果よりプロセスを重視するトップアスリートが増えている。
五輪競技の変遷に詳しい日本オリンピック委員会(JOC)ナショナルコーチアカデミー事業アシスタントディレクターの伊藤リナさんがこう解説する。
「2012年ロンドン五輪あたりから、トップアスリートの『試合を楽しむ』という言葉を聞くようになった。以降、日本選手の成績はアップしている。一方で、『楽しむだけでは勝てない』と言う人もいる」
厳しいことをよしとする風潮は、日本では根強い。
厳しさを履き違えた結果、12年、大阪市立高校の生徒が部活動顧問の暴力などを苦に自死する事件が起きた。体罰根絶やスポーツ指導のあり方は見直されつつあるものの、「楽しむ」と「勝つ」は別だととらえられているようだ。
岐阜経済大学経営学部教授の高橋正紀さん(55)は、そこに異論を唱える。
「選手が楽しむだけでは勝てないと言うのなら、その指導者にとって勝つことが最優先ということになる。それでは選手は成長できない。最も優先すべきは、楽しむこと。スポーツを楽しいと感じて、自分から熱心に取り組めば強くなる。そのプロセスの先に勝利があるんです」
高橋さんは10年前から、サッカークラブなどスポーツ団体での「スポーツマンのこころ」という講義で、一流のアスリートになるための心得を伝えている。受講者は5万人を超えた。講義を受け内容を理解すれば、自尊感情もパフォーマンスも上がることを数値化し証明した論文で、医学博士号を取得している。