経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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南北関係をどうするか。南を立てれば北が立たず。北がよければ南が怒る。北も南も嫌がれば、一体どうなる?
イギリスのメイ首相が、今、この南北問題で羽交い締めになっている。南北とは、イギリスの一部である北アイルランドと、同じアイルランド島の中で南側に位置するアイルランド共和国の関係だ。
いまやこの南北問題をどう処理するかが、イギリスのEU離脱交渉の最大の焦点になっている。
イギリスのEU離脱の時が刻一刻と近づいている。その時は2019年3月だ。このタイミングで北アイルランドとアイルランド共和国の関係はどうなっているのか。現状では、北アイルランドとアイルランド共和国との間の国境は、その存在が限りなく薄くなっている。国境周辺の人々は、何のチェックも受けずに往来する。今は、イギリスもアイルランド共和国もEUの一員だ。だから人も、モノも、カネも、国境を越えて自由に行き来する。
この国境を閉ざすのか。そうなれば南北は分断される。そんな事態をアイルランド共和国は望んでいない。だが北アイルランドの住民たちは、複雑に、思いが分かれている。かたや、アイルランド共和国との融合度が高まることを望んでいない人々がおり、かたや、イギリスから分離してアイルランド共和国に帰属したい人々がいる。ここが長らく続いてきた「北アイルランド紛争」の中核部分だ。
1998年の「聖金曜日協定」(ベルファスト合意)で一応の決着はついた格好になっている。だがこの合意は、イギリスもアイルランド共和国も、ともにEU加盟国であることが当然の前提となっていた。ところが、いまやこの前提が崩れた。
北アイルランドが、今まで通り国境を意識せずにアイルランド共和国とお付き合いしたいとする。すると、北アイルランドは、イギリスの中でただ唯一、事実上EUの諸々のルールに従う地域でなければならなくなる。イギリスの中の“EU飛び地”のようになってしまう。
イギリスの一部であり続けたい北アイルランド住民にとっては、これぞ鬼門だ。さあどうする。洋の東西を問わず、注目すべき南北ドラマだ。
※AERA 2017年12月18日号