「見たことのないお菓子でありながら、郷土菓子には懐かしい言葉の響きもあるからでしょうか。連日完売の商品もありました。若い女性だけでなく、近隣のオフィスに勤める男性のお客様も買い求めていらっしゃったのが印象に残っています」

●毎朝パン焼く高校生

「小さい頃から料理が好きで、高校生の頃は毎朝3時に起きてパンを焼き、昼食に持って行っていました。高校は進学校でみんな大学に進んだのですが、僕は調理師学校へ。なんとなく大学を出て、社会人になるという自分がイメージできなかったんですね」(林さん)

 イタリア料理を学んだが、興味を持ったのはデザートのほう。インターネットで世界の郷土菓子を調べ、見よう見まねで作ってみるうちに、本場の味を自分の舌で味わってみたいという思いが強くなった。そしてヨーロッパへ3カ月の旅に出る。

「クッサン・ド・リヨンは衝撃的でした。マジパンのお菓子なのですが、日本でマジパンといえば、ケーキの飾りに使う添え物的な扱い。でも、クッサン・ド・リヨンは、結晶化した砂糖でコーティングされたクランチをかじると中はもっちり。粒は小さいのに味の奥行きが深い。17世紀、疫病を鎮めるため緑色のクッションに金貨を載せて聖母マリアに捧げ、祈願したことから作られたという、町の歴史と深く結びついたものであることも知って、それまで以上に郷土菓子のとりこになったんです」

 郷土菓子作りを一生の仕事にすると決めた林さんは、長期的に郷土菓子の旅ができる機会を探るようになった。そして、11年7月、まずはフランスへ旅立つ。

「運よくミュルーズの老舗菓子店に勤められたのですが、仕事が忙しく、休日に行けるのは近隣の国ばかり。仕事を辞めて行くしかないと、自転車を買い、1700ユーロの軍資金でフランスから上海へ向かう旅を始めてしまいました」

 つねに今を考えるという林さんに不安はなかった。自転車の旅を選んだのは、子どもの頃から自転車で走り回るのが好きだったから。旅費の節約にもなる。

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