グローバル時代だからこそ「和」の文化を知りたいという人が増えている。「和」の稽古事にはいろいろなジャンルがあるが、能楽の稽古もそのひとつ。
観世流能楽師の坂口貴信さんは福岡県生まれで、父も観世流の能楽師。能の家に生まれ、能楽が大好きで、家元の下での内弟子経験もある。
坂口さんの東京での稽古場は東京・神田駿河台のビルの一室にある。外観からは想像できないほど本格的な稽古舞台を借りて、10人ほどの弟子に稽古をつける。この日は2月に入門したという片桐昌子さんが「橋弁慶」の稽古を受けていた。「謡」では課題となる一節を坂口さんが扇で拍子を取りながら謡ってみせ、そのとおりに片桐さんが謡う。気になる点は繰り返す。仕舞でも実際に動きながらの指導となる。一対一の稽古は真剣そのもので、坂口さんの鍛えられた声や動きをすぐそばで感じることができる。日本の芸能はなんでもそうだが、マニュアルではなく、何度も繰り返して身体に染み込ませていくことが重視されている。
能の舞台を観て自分でも習ってみたいと思ったら、どうすればよいのだろうか。坂口さんは、こう話す。
「私の場合、舞台をご覧になった方からお申し込みいただくことがほとんどです。必ず一度稽古場見学に来ていただき、私が直接ご説明をすることにしています。人によって教え方がまったく違いますし、中には一対一での稽古は恥ずかしいという方もおられますので」
坂口さんには、自身のホームページを通じてメールやファクスで連絡が来ることが多い。観世会に手紙を出す人もいる。見学の際には係の人から月謝などの説明があり、坂口さんには質問しづらいことも気軽に聞けるような配慮がされている。
「別の先生のところに見学に行かれてもいいのです。会によって会則が違いますから、ご自分に合うところを選んでください」(坂口さん)
おさらい会という発表の場を設けるところもあるが、坂口さんのところは年の初めにみんなで集まって一緒に謡い、その後新年会に行くという。弟子の取り組み方もさまざまで、予習復習を欠かさない人もいれば、稽古場でだけやるという人もいる。
「私はここに来た時だけ稽古をする人がいてもよいと思っています。今来ている方は30代、40代といういちばん忙しい年代の方がほとんど。いずれゆとりができたときに本格的な稽古をすればよいのです」
片桐さんは知人に勧められ、坂口さんの舞台を観て感激し、入門した。
「今はとにかくお稽古が楽しくてしようがないです」
稽古の際にはスマホやレコーダーを駆使して映像と音声を記録する熱心さだ。仕舞では体幹部が鍛えられ、大きな声で謡うのでよい運動になる。
長続きするコツは、
「舞台を観てよいと思った人に入門すること」(坂口さん)
だという。
能の公演を探すためには、観世能楽堂ホームページのほか、各地の能楽堂のサイトを検索するのが早道である。(ライター/千葉望)
※AERA 2017年9月4日号