「東海道新幹線の使命は、いつでも安全・正確・快適にお客様を輸送することであり、特等席を作ることではありません。新幹線の父・島秀雄さんたちによって培われた東海道新幹線のDNAや安全にかかわる設計思想は、これからも脈々と受け継がれていくでしょう」(上野氏)

 さて、東名阪輸送の利便性向上のためJR東海が重視したもう一つの戦略が、「中央新幹線と東海道新幹線の一元経営」だ。

 JR発足当時、中央新幹線は70年施行の「全国新幹線鉄道整備法」上の整備計画路線の一段階手前である、基本計画路線の一つに過ぎなかった。また、中央新幹線の経営主体は決まっておらず、仮に、JR東海以外が中央新幹線を経営する場合、東海道新幹線の輸送量の50%以上が中央新幹線に移転するとされていた。これではJR東海の経営は立ち行かなくなる。

●夢のリニアに形が

 取締役専務執行役員で中央新幹線推進本部長の宇野護氏(62)は、「東海道新幹線の将来的な経年劣化や地震に対する抜本的な備えとして、中央新幹線によるバイパスを実現し、中央新幹線と東海道新幹線を一元的に経営することは、当社の使命を果たすためには必要だった」と話す。JR東海は会社発足3カ月後の87年7月、国鉄時代から研究が進められてきた超電導リニアによる中央新幹線の実現を目指し「リニア対策本部」を立ち上げた。運輸省(当時)の旗振りもあり、2千億円の自己資金を投入して山梨県に約20キロの実験線を建設。97年から実用化に向けた本格的な試験走行に取り組んだ。国鉄時代は「夢物語」だったリニア新幹線は、都市間輸送を最大の使命ととらえるJR東海によって次第に形を与えられていった。走行中に列車を浮かす磁石の超電導機能が失われる「クエンチ現象」も、研究の末、乗り越えた。

 技術的には完成の域に達しても、リニア中央新幹線の実現には巨額の費用が必要だ。当初決められていた北陸や北海道などの「整備新幹線」のスキームで順番を待つ余裕はないと考えた。

「東海地震などの自然災害のリスクも高まりつつある中で時間的余裕はないとの結論に至り、07年に自己負担による建設を表明しました」(宇野氏)

●南アルプス下の難工事

 14年12月、ついに工事に着手。土木的なハードルの一つは品川駅、名古屋駅のターミナル建設だ。品川駅に関しては東海道新幹線品川駅の直下に巨大な地下空間を建設するため、地下を掘り進めて柱を埋め込む工事が発生する。これも日本最大級の挑戦だ。「土被り(どかぶり)」(トンネルの上の土の厚さ)が1400メートルと、日本トンネル工事史上最も大きい南アルプスのトンネル工事も難工事が予想される。

「堆積(たいせき)岩というやわらかい地質を掘り進む未経験の工事になる。また、深い山中での工事で、トンネルを掘るためにアプローチできる箇所が少ないので、一つの工区が非常に長くなるのも難しくなる要因の一つ」(宇野氏)

 数々の困難が予想されるリニア中央新幹線。人口減少時代にはいらなくなるとの批判の声もあるが、宇野氏はこう語った。

「国力をしっかり維持していくためには首都圏、中京圏、近畿圏の“日本の背骨”を強化していく必要があります。人口は減っていくでしょうが、人と人とがコミュニケーションをして生産性を高める必要性は逆に増すと考えています。東京─大阪間の都市間輸送を使命とするJR東海だからこそ、このプロジェクトは動いたのです」

 21世紀屈指の大プロジェクトを動かすエネルギーは、民営化後30年かけ独創的な個性をつくってきたJR東海だからこそ生まれたと言えるのかもしれない。

(編集部・福井洋平)

AERA 2017年4月10日号

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