2013年に東北で生まれた「食べる通信」。誌面はいずれもオリジナリティー豊かだが、目を引くのが陣頭に立つ編集長たちだ。金融やITの先端を走っていた彼らがなぜ惹きつけられるのか。
「片手はダメ。下に両手を入れて丁寧に引き上げて。折れたら商品にならないから」
河内れんこんの生産者に収穫の手ほどきを受けるのは、「つくりびと~食べる通信 fromおおさか~」の編集長、山口沙弥佳さん(34)だ。冬だというのに汗だく。泥の中のれんこんを掘り出すのは、思いのほか重労働だった。
「れんこんの収穫はワイルドに見えて実に繊細。改めて、大変手間のかかる作業だということがわかりました」
こう話す山口さんは10年前は「ヒルズ族」。京都大学経済学部を卒業後、米投資銀行リーマン・ブラザーズに就職した。
「大学では医療経済学を専攻しました。お金を特定の場所に停滞させるのでなく、循環させることが世界の貧困対策にもつながると思ったからです」
しかし入社3年目、産休中に会社が倒産。副社長などを招いた結婚式の2週間後だった。破綻はニュースで知った。
夫が暮らしていた関西に移り住み3児の母に。再就職は厳しく、悶々と専業主婦を続けた。食に意識が向いたのは長女が3歳のとき。きちんとした「だし」の取り方をみせたいと思い立ち、かつお節を削るところからやってみせた。だしの香りが立ったとき、娘は言った。
「『クサッ!』って。これはまずい、と思いました」
味覚や身体は食べたものによって形づくられる。それなのに、「何を食べるか」を選択しようにも世の中には食の情報があふれ、何を信じ、どう教えればいいのかわからなかった。行き着いたのが、「知産知消」。
「ときどき、母方の田舎から野菜が届く。結局、知っている人が作ったものを食べるのが一番の安心なんです」
調べると、大阪には漁師が千人以上いて、農家もたくさんある。生産者とつながることで多くの消費者に「身近な田舎」を持ってほしい。昨年5月、子育て世帯をターゲットに、絵本付き「食べる通信」を創刊した。