夏になると食べたくなるアジア料理。パンチのきいたエスニック料理店で「行きつけの外国」を探してみよう。アエラ8月22日号(8月16日発売)で特集した「東京で食べるアジア飯の極」から、今回は特別にミャンマー料理店を紹介する。
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「いらっしゃいませー」と笑顔で迎えてくれたのは、新宿区高田馬場にあるミャンマー料理店「スィゥ・ミャンマー」のスィゥさん夫妻。約80種類のメニューの写真が、壁一面にずらりと並ぶ。「現地感」が満載かと思いきや、お客さんのほとんどは日本人で、入りやすい。
2000年ごろから、高田馬場周辺は「リトル・ヤンゴン」と呼ばれるようになった。ミャンマー人が経営する美容院や雑貨店など約20店舗が点在する。新宿区で暮らす約1800人のミャンマー人のうち、ほとんどが高田馬場を拠点にしているという。彼らの多くは、軍事政権の迫害から逃れてきた。
店主のタン・スィゥさんが日本に来たのは1989年。25歳まで本国で大学の先生をしていた。民主化運動に参加し、仲間はみんな捕まった。身の危険を感じ、日本に逃れてきたという。
難民申請後に妻を呼び、東京の建築会社で働いて生活費をためた。
「こんなに長く日本に住むことになるとは思わなかった。2、3年でミャンマーに帰れると思ったよ」とスィゥさん。
「こっちでも民主化運動のリーダーをしていたので、ミャンマーにいた父は僕の代わりに3回も捕まりました。最後に釈放されたあと亡くなってしまったけれど、僕は帰れなかった」
軍事政権が終結に近づき、ようやく民主化運動に参加した人が帰れるようになったのは11年ごろだ。会社をやめ、家族とミャンマーに帰るつもりでいた。
「でも、日本で生まれ育った娘と息子は反対しました。言葉も話せないし、ミャンマーのこと何も知らない、って」
子どもたちが社会人になるまでは、と12年にオープンしたのが同店だ。料理の得意な妻が仕切り、大学生の娘や姪が休みの日に店を手伝ってくれる。最近は日本人客のリピーターが増え、ミャンマー料理が認知され始めたと感じるという。
ミャンマーの主食はご飯。「ダンバウ」というミャンマーの炊き込みご飯は売り切れることもある人気メニューだ。スパイスやレーズンの入ったご飯に、煮込んでホロホロに崩れる鶏肉がのる。鶏肉をほぐしてご飯と一緒に食べると、ドライカレーのような味付けでおいしい。乾燥したエビや唐辛子、ニンニクをふりかけ状にしたものをパラパラと加えれば、絶妙な塩加減と辛さでますます食が進んだ。
友だちと「お茶の葉サラダ」をつまみにビールを飲んでいたイギリス人男性は、近くの専門学校で講師をしているという。「おいしくて週に1度は店に来てしまう」と話す隣のテーブルで、スィゥさんの小学生の息子がゲームをしながら、「おすすめは鳥皮餃子」と教えてくれた。
もう一度行きたくなる店である。(ライター・塩見圭)
※AERA 2016年8月22日号