書店店頭を賑わす“角栄本”(東京・八重洲ブックセンター本店にて、撮影/写真部・長谷川唯)
書店店頭を賑わす“角栄本”(東京・八重洲ブックセンター本店にて、撮影/写真部・長谷川唯)

 なぜか今、“角栄本”が売れている。当時を懐かしむ層だけではなく、30代のビジネスパーソンにも人気だ。

「お前めし食ったか!」「責任はこのワシが負う!」……。豪快な発言の裏の繊細さ。

 角栄ブームからは、現代日本の閉塞感を突破するヒントが見える。

「できることはやる。できないことはやらない。しかし、すべての責任はこのワシが負う」「必要なのは学歴ではなく学問だよ。学歴は過去の栄光。学問は現在に生きている」……。

 田中角栄の言葉を集めた書籍『田中角栄 100の言葉』(宝島社)が売れている。角栄の名言と写真を並べたシンプルな構成ながら、累計67万部を突破。これに石原慎太郎の『天才』(幻冬舎)なども続き、“角栄本”は書店の一角を占めるに至っている。しかし、いまなぜ田中角栄なのか?

 新潟の寒村に生まれ、高等小学校卒ながら土建会社を経営し、54歳で総理大臣にまで上り詰めた男。国土開発の政策を進めるとともに、首相就任後すぐに国交断絶状態にあった中国を訪問し、国交正常化を実現させた。晩年はロッキード事件をはじめとする金権政治で汚名にまみれたまま失意のうちに世を去った。

 しかし逮捕から40年。ロッキード事件当時を知る人は少なくなったが、角栄が成立させた議員立法33法案や、日中共同声明調印などの功績は輝いており、今となってその政治手腕が評価されているのだ。

●今年に入って爆発

 八重洲ブックセンター事業推進室の高杉信二さん(49)によると、田中角栄に関する本(雑誌は除く)の出版点数はおおよそ、2014年に5点、15年に10点、そして今年1~6月で20点と、今年に入ってから出版点数がかなり伸びているという。

「購入層は50歳から上の世代が多いですが、若い方の関心も高いです。年配の方は角栄の人物像に興味を持っているのに対し、若い方は言葉や行動に自己啓発的なヒントを求めているように感じます」

 高杉さんは、角栄ブームは今年後半まで続くくらいの勢いがあると見ている。

●コンビニで火がついた

 書店店頭を賑わす“角栄本”の多くに写真が使われている写真家の山本皓一さん(73)は、1983年から脳梗塞で倒れるまでの約2年半、間近で角栄を撮り続けた。目白御殿の上空から空撮した特ダネでありながら、角栄への仁義を通して生前は発表することのなかった「車椅子の角栄」の写真でも知られる。そんな山本さんが角栄再評価の機運を知ることになったのは、学生の反応からだった。

 山本さんは専修大学のジャーナリズムコースで連続講義をする機会があった。山本さんの仕事についてまんべんなく話したのだが、200人ほどの学生から集めたレポートのうち、約40人から「角栄についてもっと知りたい」との反応があった。山本さんは驚き、そのことをたまたま別件で会っていた宝島社ムック局第1編集部の欠端大林(かけはたひろき)さん(44)に話したところ、欠端さんも角栄に興味があるという。「1万部の覚悟でやりましょう」。若者の手に届くよう、コストをおさえて制作された。

 14年5月、「別冊宝島 田中角栄という生き方」(宝島社)を刊行。書店での売れ行きが思いのほかよいことを受け、コンビニエンスストアで売ることを決めた。この作戦が当たり、部数をグンと伸ばし17万部に到達した。ムックに続き『田中角栄 100の言葉』も編集した欠端さんは言う。

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