「エディーさんのためにラグビーしてるん?」

「違う。自分のため、仲間のため、今まで支えてくれた人のためにプレーする」

 そう言葉にしてみると勇気がわいた。2人でストレスの元を一つひとつ解きほぐしながら、対処法を考えた。混乱したら、テープを巻いた指をなぞる。深呼吸する。仲間に「肩を叩いてくれ」「声をかけてくれ」と前もって頼んだ。そして本番は実力を出し切り勝利に貢献した。

「W杯で荒木さんと話すまでメントレの必要性なんて考えたこともなかった。自分が不安になりやすいとも思ってなかったので。でも、世界の大舞台ではそうなることもある。今はほかの選手にも声掛けするよう心がけている」(立川選手)

●そばの何かを見る

 どうやら心は鍛えられるようだ。

 荒木さんが立川選手に伝えた不安解消法は、いわば「心のリセット」。不安に襲われ、気持ちを切り替えたいときは、自分の体など「どんなときもそばにある何か」を見たり、さわったりすると決めておく。例えば、自分の指、手のひらなどだ。

「そうすると、良い結果につながらない考えを停止させることができる。深呼吸する、窓の外にある樹木を見る。家にいるなら熱いシャワーを浴びるのも良くない考えを止めるひとつの方法です」(荒木さん)

 脳科学者の篠原菊紀さん(諏訪東京理科大学共通教育センター教授)によると、人間の脳には思考などをつかさどるワーキングメモリーがあって、その容量には限度があるそうだ。ネガティブなことが起きると、ワーキングメモリーの容量が不安感情に食われてしまう。けれども、立川選手が行ったように、あらかじめ準備しておくとメモリーの容量低下がある程度抑えられる。米国での研究では、不安要素を書き出してからテストを受けた学生グループと、何もせずに受けたグループでは、前者のほうが成績が5%アップすることも示されているという。

●根拠のない自信で幸せ

「不安要素を紙に書き出し外在化すれば、脳のワーキングメモリーを不安用には使わなくてすむ。五郎丸選手のように、不安を感じやすいと予想される時期を、ルーティン化した行動などですごすのも理にかなっています」

 そう話す篠原さんは「ただし、自分と向き合うのは、ほどほどにしたほうがいい」と逆説も披露する。いわく、努力するためには「このままじゃダメ」と自省するのも必要だが、あまりに正しく自己認知しすぎると「あれはできない」「これも自分には無理」となりがちだ。

「根拠のない自信をもっている人のほうが、幸せな人生を送れる。挑戦することも大事ですが、楽しくできる、苦もなくできることを探すことも必要。要は心のバランスが大事なんです」(篠原さん)

 ほどほどの自己認知&メントレと「なんとかなるわ」で幸せになろうよ。(ライター・島沢優子)

AERA 2016年7月11日号

暮らしとモノ班 for promotion
なかなか始められない”英語”学習。まずは形から入るのもアリ!?