●ひたすらエレベーター
ITで課題解決を支援するドリーム・アーツは、意欲的な外国人スタッフに対して「日本の学生は草食系に見える」との危機感から、新入社員に対して独自の研修を始めた。
昨年4月に入社した6人は2カ月半後、2チームに分けられ、会社から課題を与えられた。
「(本社が入る)ビルのエレベーターのアルゴリズムを解明し、改善策を考えよ」
実は、これは答えのない課題で、牧山公彦取締役は研修のねらいについて、
「ビジネスでは、まず自分で何が課題かを把握し、解決策を提示していく。その体験をしてもらいたかった」
と話す。6人はまず、ストップウオッチを手にそれぞれエレベーターに乗り込み、何時何分にどの位置にいて、ボタンを押したらどう動くのか、何日間もひたすら計測した。データが集まってきたところで分析し、改善策を考える。参加した綿貫雄一さん(24)は振り返る。
「何も手掛かりがない中でも、アウトプットを出さないといけない。最初から無理だと逃げ出さず、とりあえずやってみる大切さを学びました」
「お笑い研修」で肉食社員を育てるのは、積水化学グループのセキスイ保険サービスだ。全社員を対象にしている。
「笑い方ひとつで相手との距離が縮まります。関根勤さんのように口を縦に大きく開けて10秒間笑ってみてください」
講師がこう促すと、参加者は恥ずかしそうに「ハハハ」と笑うだけ。講師が、
「これ、一人でやるから怪しくて怖いんですよ」
と言うと、大きな笑いが起き、部屋の空気は一変した。
●ひな壇トークの実習
講師は、放送作家の中山真さん(35)と中原誠さん(32)だ。元は吉本興業所属のお笑い芸人で、吉本お笑い総合研究所とともに芸人のスキルを元にした研修プログラムを開発し、昨年2月、「WM commons(コモンズ)」を設立した。これまでに企業や医療機関で約150件の研修を引き受けた。
「ひな壇トーク番組をやってみよう」の“実習”は、テレビ朝日の「アメトーーク!」を参考にしたもの。4~5人のグループに分かれ、共通点を見つけてテーマにし、「○○あるある」「○○のここが好き」などと発表する。共通点がなかなか見つからないグループも、話し合ううちに「豚肉大好き社員」とテーマを固め、行きつけのとんかつ屋話でボケとツッコミを展開。いつのまにか信頼できるチームワークができていた。中原さんは言う。
「自分をさらけ出すことで草食から肉食に近づく。社内で上司ともコミュニケーションを取れるようになれば、『あんな上司になりたいな』と、上のポジションを目指そうという思いも生まれやすくなります」
セキスイ保険サービスの今井千恵子・総務人事グループ長は、この研修で手応えを感じているという。
「積水化学グループは『際立つ人材』の育成を目指しています。もともと高いコミュニケーション能力を持っていても、忙しさに追われて発揮できないことがある。この研修で、そんな社員の力を引き出してあげたい」
ホテルチェーンのスーパーホテルは、調査会社J.D.パワーによる11年のホテル宿泊客満足度調査(宿泊費9千円未満の部門)で、1位に輝いた。1泊朝食付き4980円からとリーズナブルなのに、好みに応じて選べる枕や防音設計の部屋など、「眠り」にこだわるサービスが好評で、国内104店舗の平均稼働率は89%、リピート率は71%だ。
この好調な業績を支えるのは、従業員の高いモチベーションだと、山本梁介会長は言う。
「お客様の不満を取るには従業員の教育や訓練、マニュアル作成で対応できますが、また泊まってもらうには満足ではなく感動していただかなければなりません。従業員が自分で考えて行動する『自律型感動人間』になることを目指しています」
●組織全体の改革が大事
肉食社員は定義があるわけではないが、高いモチベーションは要件の一つだろう。同社では、会社での組織目標と個人的な人生目標を、「チャレンジシート」に書き込み、週に1度、上司と部下がシートをもとに話す。上司と部下のコミュニケーションをはかると同時に、つねに目標を意識して意欲を高める効果がある。年に2回は社員から改善点などの提案を受け、社員260人から年間600通の応募があるという。もっとも、
「提案しても放っておかれるとモチベーションが下がる。できるだけ実行するようにしています」(山本会長)
確かに、肉食社員がいても、組織が生かさなければ意味がない。とくにガツガツと働く肉食社員は、草食社員にとっては煙たい存在になりがちだ。人事ポータルサイトを運営するHRプロの寺澤康介社長は、
「肉食社員を育てるためには、組織全体の意識を変えることが大切です」
と強調する。いくら研修で肉食社員に生まれ変わったとしても、配属先の職場が新たな価値観を持った社員を受け入れられなければ、その社員は元に戻ってしまう。
個人だけでなく組織が変わる必要がある。
※AERA 2014年4月14日号