海外留学を希望する学生は減り、企業では管理職を目指さない「草食社員」が増えている。
一方、企業側は「肉食社員」を求め、暗中模索している。
どんなふうに見つけ、育てているのか。(編集部・深澤友紀)
漁船に揺られ、着いたのは無人島。携帯電話や腕時計、財布がいったん没収され、チキンラーメン3袋、米2合、小麦粉300グラム、水を渡される。これで2泊3日をしのぐ。
日清食品グループの「無人島サバイバル研修」。40歳前後の新任管理職約20人が毎年、夏の終わりにこの“洗礼”を受ける。
島に到着すると3~4人のグループに分かれ、すぐに昼食の準備に取りかかる。食料のほかに支給されたのは、ビニールシート、糸、つり針、のこぎり、火起こし棒。枝や落ち葉などを拾ってきて、火を起こそうとするが、コツがつかめずに悪戦苦闘。中には2時間以上かかっても火がつかず、チキンラーメンをそのままポリポリと食べるグループもある。
参加者は限られた条件のもと、頭や体を使い、いかにおいしく食べ、いかに快適に過ごせるか工夫を凝らす。鍋や器、はしは、島に自生する竹を割ってつくる。貝をえさに魚を釣ったり、小麦粉をこねてうどんを作ったりするツワモノもいる。夜は各自ビニールシートを使って寝る。テントを張るもよし、そのまま体に巻くもよし。
このサバイバル研修は日清食品ホールディングスの安藤宏基社長(66)が「骨太の管理職を育てたい」と発案した。田所一弘人事部長(56)は、
「管理職になって課題に直面したとき、逃げることなく、自ら打開策を見つけ出す力がつく」
広報部の松尾知直課長(43)は4年前に研修を受け、愛媛県内の無人島で生活した。チキンラーメンの炊き込みご飯を作るなどして、炎天下で体力を維持するため必死に食べたが、結局、体重が2キロ減った。
「食のありがたみに気づきました。無人島で3日間過ごして自信がつき、同じ経験をした同僚とは仲間意識が芽生えたので、部署を横断するプロジェクトがうまく進むようになりました」
●モテモテ海外協力隊員
企業はいま、“肉食系”の社員を育てようと躍起になっている。そこでニーズが高まっているのが、青年海外協力隊の経験者だ。国際協力機構(JICA)によると、経験者を採用したいという求人が増え、この5年で8倍になった。毎年1200人前後が帰国するが、2013年度の求人は2506人で、2倍以上の求人倍率だ。人気の理由について、青年海外協力隊事務局参加促進・進路支援課の松舘文子さんは、
「語学ができるだけでなく、まったく知らない土地でゼロから信頼関係を築き、困難に立ち向かうタフな人材として評価していただいているようです」
JICAは、12年度から企業の若手社員や管理職を青年海外協力隊に派遣する「民間連携ボランティア制度」を始めた。これまで45社と合意を締結し、約100社が興味を示しているという。
●身の丈超えない若者
企業が“肉食社員”を求めるのは、少子高齢化で国内市場が頭打ちになるなか、新ビジネスを始めたり、急成長する新興国に進出したりする際、突破力ある人材が必要だからだ。ところが見回すと、多いのは“草食系”の社員。理不尽な経験をせずに育ち、少子化で希望すればだれでも大学に進学できる時代の中で、おとなしくて従順な“草食社員”が増えているのだ。
人材ビジネスを手がけるウィルグループの人事担当部長、吉田博明さんは言う。
「いまの若い世代はやる気があって、成績も良く、非常にまじめ。だけど、身の丈を超える行動をしようとする子が少ない。昔は『上司を抜くことが恩返し』だったのに、いまは『上司を男にすることが恩返し』だという。変わったなぁと感じます」
ウィルグループは、11年から「チャレンジ公募制度」を始めた。困難だけどやりがいのある仕事の責任者を公募する制度で、社歴やポジションに関係なく応募できる。
「自分でポジションを勝ちとった社員は、圧倒的に前向き。勢いのある組織を作り上げます」(吉田さん)
名古屋のコールセンターを立ち上げる責任者には、入社3年目、25歳の男性社員が“当選”した。初年度の売り上げは目標の361%、2年目も前年の2倍を超える実績を残した。
「同期の中でも目立つタイプではなかった社員が自分で手を挙げ、肉食に変化した。公募制度で人材育成の速度が上がったのは確かです」(吉田さん)
ウィルグループは新卒社員の採用でも、肉食を求めている。インターンシップでは、学生たちに千円を渡し、10日間でどう増やすか競わせる。クーポンを発行するビジネスや、フェイスブックの「いいね!」を1回につき200円で売る事業など、さまざまなアイデアが出て、実際にアプリのプロモーション代行で100万円の利益を得た学生もいた。吉田さんは、
「キャベツをめくると中は肉というロールキャベツ学生や、肉食系を装った草食系のアスパラベーコン学生など、その人物の本質が見えてきます」