黄色ブドウ球菌は私たちの皮膚などに存在している菌の一つ。健康なときには免疫力によって抑え込まれていて無害だが、持病が悪化したり、ほかの病気にかかって体力が低下したりして免疫力が落ちると、毒性が強まり、さまざまな症状を引き起こす。食中毒の原因となる菌でもある。

 一方の大腸菌は腸内にすむ細菌で、普段は無害だが、尿道から逆行して膀胱炎の原因になったり、腎臓に炎症を起こしたりすることがある。

 いずれの菌も、薬剤耐性がなければ抗生物質で治療することが可能だ。

 亡くなった8千人の死因は、無菌状態の血液中に菌が入り込んだ菌血症という病気。本来であれば、抗生物質で菌を殺すところだが、耐性があると血液を通じて、さまざまな臓器に障害をもたらす。重症化しやすく、死亡する割合も高い。

 ほかにも、多くの菌が抗生物質の効かない薬剤耐性菌になっている。肺炎の原因となる肺炎球菌もそう。「中耳炎を起こす原因菌の一つ、ヘモフィルスを調べると、耐性菌の割合が半数近くになっています」(具医師)

 大阪の医療機関では、2019年8月までの2年半の間に、結核で入院していた患者19人が、薬剤耐性菌の多剤耐性アシネトバクター(MDRA)に感染していたことが判明。うち1人が死亡している。18年には鹿児島大学病院で、ICU(集中治療室)で治療を受けていた患者14人と、そのほかに入院していた患者1人にMDRAが見つかり、8人が亡くなっている。

 医療機関の感染症対策に詳しい自治医科大学附属病院臨床感染症センター(栃木県下野市)の森澤雄司・感染症科診療科長は、

「最近では、いちばん強力だと思われていた抗生物質のカルバペネム系に対しても、耐性を持つ菌が出ていることがわかっています」

 と、事態の深刻さを話す。

 薬剤耐性菌は世界中で増加し、米国では年間約3万5千人、欧州でも約3万3千人が死亡している。

 ところで、なぜ抗生物質を使うと薬剤耐性菌ができてしまうのか。先の具医師の説明によるとこうだ。

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