2020年東京五輪で活躍が期待される選手を紹介する連載「2020の肖像」。最終回は、2019年6月の全米大学選手権男子100メートル決勝で9秒97の日本新記録を樹立した陸上男子短距離のサニブラウン・ハキーム(20)。苦手だったスタートを克服し、新たな歴史を刻んだ。日本最速の称号を手にした男は「人生で一番の大舞台」に向けて一気に突き進む。朝日新聞スポーツ部・山口裕起が東京五輪への心情に迫る。
* * *
長所を磨くより、短所をなくす──。サニブラウンのその姿勢は、高校のころから始まった。東京・城西高時代に指導していた山村貴彦監督は、
「自分の好きな科目よりも、苦手な科目をちゃんと勉強する生徒だった」
と振り返る。得意な体育の授業中は手を抜くこともあったというが、苦手だった国語や数学では一転。教室の一番前の席に座り、周囲が話しかけられないほどの集中力をみせた。米国への進学が決まると、志願して英語の塾へ通った。
フロリダ大では、1年時は大学が用意した通訳に頼ることもあったが、
「今は何を言っているかだいたいわかる」
とサニブラウンは言う。友人らと冗談を言い合い、練習後はプールに飛び込んで戯れる。友人を部屋に招いてテレビゲームを一緒に遊ぶまでに成長した。
そんな姿勢は陸上にもつながった。19年春から繰り返したのは、苦手なスタートの練習だ。
マイク・ホロウェイ・コーチと時間をかけて取り組んできたのが、
「最初の30メートルの走り」
飛び出した直後に上体が起き上がる悪い癖を改善しようと、一日中スタートの練習に費やした日もあったという。足を上げる角度、つま先の向き、歩幅など細かな技術まで研究を重ねながら、授業の合間には筋肉の動きや栄養などについての英語の本を読みあさった。
「体の使い方がわかってきた」
才能に頼っていた走りに、理論が加わった。
迎えた6月の全米大学選手権決勝。勢いよく飛び出して前傾姿勢を保ったまま35メートル付近まで走り、徐々に190センチの上体を起こしていった。得意とする後半にかけての加速も、申し分ない。9秒97。17年に当時東洋大4年だった桐生祥秀(日本生命)がつくった記録を0秒01更新し、日本新記録を打ち立てた。それでも、