ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は故・田辺聖子さんのお別れ会出席などについて。
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昼すぎ、原付バイクに乗って駅前の理髪店へ行き、千五百円の散髪をして家にもどると、ダイニングによめはんと見知らぬ女のひとがいた。向こうが頭をさげるから、わたしもさげる。
「はじめまして。A社のBと申します」
「あ、どうも……」なにものだろう。
「Bさんは三十分も待ってはったんやで」
よめはんが怒る。そこでようやく、わたしは気づいた。その日、A社のひとがインタビューに来ることを。
「すんません。ごめんなさい。忘れてました」
「いつもこうなんです」よめはんも謝る。「いままでになんべん同じことがあったか。このひとはカレンダーに予定を書いても見なおさへんのです」
「いやいや、予定を書いた時点で完結してしまうんですかね」ひとごとのように、わたしはいう。「ひどいときはふたりとも外に出てたことがありますわ」
「ごめんなさいね。こんな大惚(ぼ)け爺(じい)さんで」
大惚け爺さんはないやろ。せめて、うっかりおやじと呼んでくれ──。わたしは心のうちで抗議する。
インタビューは小一時間で終わり、Bさんは帰っていった。よめはんはまじまじとわたしを見る。
「なんで忘れるん。いっつも、いっつも」
「しゃあないがな。ちゃんと帰ってきたんやから。ほら、頭もきれいやし」
「そういう問題? ちがうよね」
「ちがいます」
「わたしは三十分もお相手したんやで。コーヒー淹れて、お茶も出して」
「おっしゃるとおりです」
「コーヒー代は」
「お支払いします」
散髪の釣りの五百円玉を渡すと、よめはんは勘弁してくれた──。
翌週、田辺聖子さんのお別れの会に出席した。東京會舘、広い宴会場には二百五十人ほどの出席者がいた。田辺さんの担当だった編集者が多く、当時は駆け出しだったわたしには懐かしい顔ぶれがそろっていた。
「どうも、おひさしぶりです。お忙しそうで」