「守りに入っていた」
その春に大学を卒業し、社会人としての第一歩を踏み出したばかりだった。家族を支えなければならないという責任感と、膨らむ周囲の期待。それらに応えようとすればするほど、重圧は大きくなった。最低限でもいいから結果が欲しい。消極的な考え方に陥り、銅メダルで満足している自分がいたことに、気づいた。
元々飽きっぽい性格で、「練習せずに速くなれるのが一番」と話すほどの練習嫌い。友人に誘われれば、早朝練習があっても前夜に家を抜け出していたのが、変わった。
苦手としていた疲れた体で全速力に近いスピードを出す練習からも逃げなくなった。寝るときは疲労回復に効果があるとされる衣服に身を包む。体にいいとされるものは、何でも貪欲(どんよく)に採り入れるようになった。競技と向き合う真剣さが増した。
「練習を終えて帰ってくると、疲れた顔をしながらも、そこには自信があふれている」
優佳さんはそう話す。
瀬戸は5歳で水泳を始め、上級生の練習の見よう見まねで4泳法を身につけた。リオ五輪金メダルの萩野公介は同学年で、幼少期から競い合ってきた。中学時代から個人メドレーの中学記録を打ち立てるなど活躍。13年世界選手権の400メートル個人メドレーでの優勝は、世界選手権・五輪を通じてこの種目での日本勢初優勝だった。
今夏につかんだ金メダルで、瀬戸は早々と、日本水泳連盟の五輪代表内定基準をクリアした。ほかの日本選手は来年4月の日本選手権で出場権の獲得を目指すことになる。夏の五輪を前に一度、調子をピークへ持っていかなければいけないのに対し、瀬戸はじっくりと調整できる時間を得た。
五輪前年の世界選手権で優勝し、五輪出場を内定させたのは4年前も同じだった。だが、リオ五輪までの過ごし方を思い出すと、瀬戸はいまでも顔をしかめる。
「4年前は失敗。初めて五輪に出られるのがうれしくて、浮かれていた」
15年夏の世界選手権後に取ったオフは、「不摂生どころじゃない」。酒を飲み、焼き肉をほおばった。両かかとを手術した影響で始動も遅れ、秋に取材で再会したときには体重が4キロほど増えていた。隆々としていたはずの筋肉の上に、うっすらと脂肪がのっていたのを覚えている。