三浦:台本には「そのまま見送る」と書いてあったんですけど、紗季と離れているときに、佐藤は紗季と一緒にいた10年間を振り返ったり、親友の娘に核心的なことを聞かれたりして、戻ってきた彼女に自分の思いをあそこできちんと伝えますよね。そのことに対する高揚感と達成感みたいなものが、体の中に充満してたんでしょうね。だから彼の中では完結してるんですよ。なので笑顔になったんだと思うんです。
林:ふーん……。佐藤君って不器用ですよね。
三浦:だと思います。
林:これだけカッコいいのに出会いがなくて恋人がいないわけって、女の人から見て何となくわかりますよ。指輪を渡そうとするシーンでも不器用だしね。モテる男の人ってマメで、シチュエーションを用意して指輪を渡そうとするけど、佐藤君はそういうことが一切できない人なんですね。それがあの誠実さにつながっている。だから佐藤君みたいな人が女の人を幸せにしてくれるんだと思いますよ。
三浦:ああ、そうなんですね。
林:これって単なるラブストーリーじゃなくて、10年の歳月が人の人生をどのように芳醇なものにしていくかという物語で、この「10年」という歳月がいいですよね。
三浦:そうですね。
林:10年というとそんなに変化があるわけでもないし。ただ、佐藤君の親友のお嬢ちゃんだけが、あんなにパパっ子だったのに、10年後にはすごく生意気な女子高生になっていて、「パパなんか大っ嫌い」とか言って、あれじゃお父さん可哀想だなと思ったら、佐藤君がお父さんとお母さんのいきさつを語ってあげて、すると彼女も素直なやさしい気持ちになるという、あのあたりはすごくよかったです。
三浦:家族間で伝わらない話もありますもんね。親戚のおじさんとか、外から刺激を与えることによって家族関係って変わったりもしますね。
林:それにしても三浦さん、こんなにふつうのサラリーマンの役ってめずらしいですよね。
三浦:えーと、こういう長編でサラリーマン役はないかな。学生役とかが多かったんですけど、最近は役の幅を広げていただいてるなということを感じてますね。うれしく思ってます。
林:佐藤君みたいなふつうのサラリーマンでふつうの青年って、演ずるのがけっこう難しいかもしれないですね。佐藤君があんまり飛び出ちゃうと、たとえば親友の夫婦像も浮かび上がってこないから、気配を消すというか、ちょっと抑えてふつうの青年に徹しなきゃいけないわけでしょう。
三浦:僕たちの業界では、こういうふつうの人間を演じるときに、「引き算をする」みたいなことをよく言うんですけど、僕は引き算をしたつもりはまったくなくて、むしろ足していったんです。