この比類なきやさしさはどこから来るのか。いくら考えてもわかりませんでした。ところが先生が逝かれて14年。先生の古い著書が復刻されることになり、いま一度目を通してみて、理由がわかった気がしました。
その著書『太極拳のゆとり 柔らかく静かに』(新星出版社)には「人生哲学」という章があります。太極拳の稽古の要点を示す語句や中国のことわざを先生が選び、人生哲学に結びつけて解説しているのです。
「虚心使人進歩」
謙虚は人を進歩させる。
「驕傲使人落後」
うぬぼれは人を落伍させる。
「以和為貴」
和をもって貴しとなす。
「説話和気」
言葉づかいはおだやかに。
「謙虚謹慎」
謙虚で慎み深く。
「戒驕戒躁」
おごりやあせりを戒める。
こうした言葉が並びます。先生の人柄をしのばせる言葉ばかりです。
そして最後の一文はこうあります。
「ゆっくりした中で、かたさがない、しかも、敏捷さを含む太極拳は、同時に他人と仲よくやっていける柔軟さも身につけることができる。柔らかいものは寿命が長いのである」
楊名時先生は太極拳を深く愛するがゆえに、「太極拳のゆとり 柔らかく静かに」を人生においても体現されていたのです。
※週刊朝日 2019年8月16日‐23日合併号