そう、わたしはいつもよめはんにお願いする。映画を見に行きましょうと。よめはんは映画好きではないが、シネコンのフードコートでなにか食べようと、ついてくる。わたしはおもしろくない映画だと口をあけて寝ているが、よめはんはラストまでちゃんと見る。わたしよりずっと集中力・持続力があるから。
「ほんまに、惚け爺さんやね。同じ映画をなんべん見たら気が済むんよ」
「ハニャコも惚け婆さんやないか。シネコンで見た映画をまた見たんやから」
いったとたん、しまったと思った。よめはんはわたしを爺さん呼ばわりするが、わたしが婆さんとでもいおうものなら騒動になる。案の定、よめはんはわたしをじっと見た。
「もういっぺんいうてみ。誰が婆さんなんや」
「いえ、口がすべりました」
「どの口がすべったんや」
「この口です」
「チョンボやね」
「そのとおりです」
「ほな、払いなさい。四千円」
「負けてください。二千円に」
そこでわたしは思い出した。ひと月ほど前、友だちと飲んでいたとき、『妻のトリセツ』という本がおもしろいといわれ、勉強になるから読め、と家に送られてきたことを。
二千円を払って仕事場にあがると、その本は床に積んであった。著者の名字が同じ黒川だと知り、読んでみようと思った。
※週刊朝日 2019年6月28日号