陽気で楽しげな曲だが、“俺は自由の許されない体制に囚われていた~俺たちはまだ苦難と試練と愚行に支配されている”と取り巻く社会の現況や、かつてはすべてがシンプルだったと自身の身辺を振り返って嘆く。

 さらに“俺たちは泣くこともある”と人生模様を歌った「サムタイムズ・ウィ・クライ」をはさんで、もう一曲ドゥ・ワップ調の「イフ・ユー・ラヴ・ミー」は、恋愛の複雑な心理を歌っている。

 アルバムの表題曲「ヒーリング・ゲーム」は少年時代を過ごした懐かしい街への再訪、かつての思い出を歌ったもので、ジョージィ・フェイムのゴスペル調のオルガンをフィーチャーしたサザン・ソウル風の演奏展開だ。そのジョージィは歌でもヴァンとかけあう。それに続いて、かつてサックスを吹いていたヴァンの姿を物語るようにレオ・グリーンのブロウもフィーチャーされ、ヴァンはワイルドなシャウトを披露する。さらにCD1には5曲のボーナス・トラックを収録。

 CD2の前半は本作制作までの初期録音を収録。本作が完成に至る経緯を知ることができるものだ。中でも興味をそそられるのは、表題曲の複数のヴァージョンで、最終的にジョージィ・フェイムのオルガンによるイントロにいたるまでのアレンジが異なる事だ。ヴァンの歌いぶりも変化し、当初は回顧的だが、最終的には過去を振り返って懐かしむだけでなく、過去と現在を俯瞰的にとらえたものになっている。

 CD2の後半は、敬愛するブルース・シンガーのジョン・リー・フッカー、ロカビリー・シンガーのカール・パーキンス、スキッフルのロニー・ドネガンとのコラボ曲。ジョン・リーとの本作の表題曲の共演、カール・パーキンスとの共作の「マイ・エンジェル」が聞きものだ。

  CD3のモントルーでのライヴでは半数が『ヒーリング・ゲーム』からで、アルバム収録時とは歌いぶり、解釈が異なるものも。中でも表題曲が光る。他、80年代以後の曲が中心で、唯一、70年代から「テュペロ・ハニー」を歌っているのが懐かしくうれしい。ヴァンの歌いぶりも全体的にワイルドでエネルギッシュで、ヴァン独特のフェイク・スタイルが随所で聞かれる。同時に気骨にあふれ、堅固で頑強な意志、信念の持ち主だというヴァンの人柄がうかがえる。熱心なヴァンのファンにとっては必携のものだが、ロックを愛する人にもすすめたいコレクションだ。

 いまだに実現していない来日公演への期待が高まるばかりである。

(音楽評論家・小倉エージ)

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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