もうひとつ見逃せないのは、北アイルランドが抱えていた宗教対立による内戦への憂いだ。90年代には内戦終結に向けて和平交渉が進み、ヴァン・モリソンの「デイズ・ライク・ディス」が和平案承認の国民投票への公式讃歌にもなったが、90年代後半には足踏み状態のままにあった。

 本作の幕開けを飾る重厚なスロー・ロックの「ラフ・ゴッド・ゴーズ・ライディング」は、ヴァンが敬愛するアイルランドの詩人のW・B・イエーツの「再生/The Second Coming」にインスピレーションを得たという。第1次世界大戦後の混乱期を背景に無秩序な世界を憂え、救世主の出現への期待を託したとされるその詩から、北アイルランドが抱える問題を重ねあわせたのに違いない。ヴァンのシリアスな歌いぶりがそれを物語る。

 続く「ファイア・イン・ザ・ベリー」はソウル/ジャズ風のスタイル。“お前に夢中”と歌われたラヴ・ソングだが、ロッド・スチュワートが取り上げてヒットした「ハヴ・アイ・トールド・ユー・レイトリー」同様、恋人に向けたとも神に向けたとも解釈できる曲で、ヴァンの力強い歌いぶりから後者の印象が濃い。

 さらに“この重圧が俺の心にのしかかる”とうなるように歌うスロー・ロック調の「ディス・ウェイト」には“俺が何者か誰も知らないところに行きたい~このハリウッドってところは最低だ”といった一節もあって、ヴァンの日常をおびやかすものへのいら立ちがくみ取れる。

 ヴァンならではのメロディーによるR&Bスタイルによる「ウェイティング・ゲーム」は、亡きザ・ドアーズのジム・モリソンにちなんだ曲だという。アイルランドのザ・チーフタンズのパディ・モローニがイーリアン・パイプでゲスト参加したアイリッシュ・テーストの「パイパー・アット・ザ・ゲイツ・オブ・ドーン」の歌詞はイギリスの階級社会を風刺したケネス・グレアムの童話「たのしい川べ/The Wind in the willows」にヒントを得たものとの指摘もある。

 本作で話題を呼んだのがR&Bスタイルでも、これまでになかったドゥ・ワップ調の「イット・ワンス・ワズ・マイ・ライフ」だ。ザ・ドリフターズやベン・E・キングそのままの曲調で、本作でオルガン奏者として貢献している盟友のジョージィ・フェイム、サックス奏者のピー・ウィー・エリス、レオ・グリーン、バック・コーラスのブライアン・ケネディらが参加。

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来日公演への期待が高まる