ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「イチロー」選手を取り上げる。
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今週はイチローを通してのんびり平成を振り返ろうと思っていたのですが、まさかの引退。それにしても最後まで自身の流儀、そして務めをまっとうするその姿を見て、しみじみ『平成のしんどさ』を痛感した次第です。
本来スターやアイドルは、至極漠然とした熱量の上に存在するものですが、人や世間の感情までもがデジタライズされていく中で、必然的に供給する側にもより細かな画素数や文字数が求められるようになったのが平成という時代だったと思います。今や『娯楽』は、『(有益な)情報』であり『(キャッチーで深い)感動』でなければ成立しません。明確な答えの出ないものは敬遠され、行間や奥行きにも注釈が入る。プロ野球中継や紅白歌合戦も、文字情報やVTRだらけです。そんな時代に最も適応し、時にはそれを先導し、常に人々の心を巧みにくすぐり続けながら粛々と答えと結果を出し続けた人。それがイチローではないでしょうか。
平成を象徴する言葉のひとつに『アスリート』というのがあります。いつからかスポーツ選手は、軒並みアスリートと呼ばれるようになりましたが、その違いは『娯楽を消費する側の文脈』です。アスリート的文脈には『ベタな大衆性』があまり感じられないため、よりパーソナルでスペシャルなものとして鑑賞・消費できる。歌手が『アーティスト』と呼ばれるようになったのと同じです。一方で「アスリート的文脈でお納めください」と自ら打ち出すスポーツ選手も昨今は多くなりました。そして、少なくともプロ野球において、そのきっかけを作ったのは紛れもなくイチローさんでしょう。ともすれば『日本人第1号アスリート』はイチローさんかもしれません。