要するに、パスツールもフォン・リービッヒも正しかったのだ。生物学者目線と化学者目線という違いはあったが、彼らは同じことを観察していた。生物がアルコール発酵を行う。酵素を使い、化学反応を使って。
どちらも正しいことを言っているのに、ちょっとしたボタンの掛け違いですれ違うってこと、よくありますね。パスツールとフォン・リービッヒのときもそうだった。両者は敵対し、論争を重ねたのだ。微生物が発酵の主役であるというパスツールと、微生物は関係ないというフォン・リービッヒの争いだった。今から考えると、フォン・リービッヒは実に惜しかった。
■理論と観察の融合と化学と生物の連携
結局、ドイツのエドゥアルト・ブフナー(1860~1917)という化学者が、兄で微生物学者のハンス・ブフナー(1850~1902)と協力し、発酵が「微生物の作る酵素(と後に呼ばれるもの)」によって起きることが示され、この問題は決着がついた。パスツールの理論とフォン・リービッヒの観察の融合であり、化学と生物学の見事な連携であった。
そしてこの融合は生物学と化学の統合、「生化学(biochemistry)」という新たな学問領域の誕生でもあった。生化学は非常に重要な学問領域であり、例えば医学部に進学した医学生にとっては必須科目である。研究領域としてもホットな学問分野である。
生化学と臨床医学が密接につながっているトピックは数多い。例を一つ挙げるならば、ビタミンである。ビタミンとは、体の中で作ることができないけれど、生命維持のために必須な物質のことだ。要するに飲食物から摂取しないと人は生きていくことができない。
ビタミンが足りないと、人はいろいろな病気になってしまう。その病気は、足りていないビタミンを補充することで治る。例えば、1910年に鈴木梅太郎が発見したオリザニン(ビタミンB1)が足りないと脚気(かっけ)になる。脚気になると足腰が弱り、フラフラになって歩けなくなる。だから「脚気」という病名がついたのだ。歩けないだけでなく、そのままほうっておくと心臓が止まって死んでしまう。