SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回は「國學院の駅伝」をテーマにおくる。
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香水とは、神秘的なものである。
香水の原料である香料は千種類以上もあり、調香師と呼ばれる専門家がそれを組み合わせてひとつの香水を作りあげる。フランスでは調香師のことをネ(nez=鼻の意味)と呼び、一流のネは社会的にとても尊敬される存在だという。
大センセイ蓄膿症であるから、残念ながら匂いには鈍感なのだが、かつて香料の取材をしたことがあって、これが頗る面白かった。
まず、香料は大きく植物性香料と動物性香料のふたつに分かれる。植物性香料は千種類以上あるが、一方の動物性香料は四種類しかない。人類が歴史的に選び取ってきた“動物のいい匂い”はたったの四つしかないんである。
すなわち、ムスク(麝香鹿の香嚢)、カストリウム(ビーバーの香嚢)、シベット(霊猫の香嚢)、アンバーグリスの四つだが、大センセイ、四つ目のアンバーグリスに痺れてしまった。
アンバーグリスは、マッコウクジラの病的結石だと言われている。マッコウクジラはイカを大量に食べるため、消化されない嘴や甲が腸内にたまって結石になる場合がある。マッコウクジラが死ぬと、その結石だけがプカプカと海面に浮かんでくる。それがアンバーグリスだというのである。
古代の中国人たちは、海面を漂いながら四方に妙なる芳香を放つこの不思議な物体を、「龍涎香」と名付けた。海上を飛翔する龍がポタリと落とした涎が固まったものだというわけだが、なんたる神秘、そして、なんたるポエジーであろうか。
中国には、「中国人は阿片で香港を失い、龍涎香で澳門(マカオ)を失った」という諺があり、龍涎香は金と等価で取引をされていたという。
はたして、その香りとはいかなるものなのか、大センセイ、わざわざ高砂香料工業という会社まで行って、龍涎香の匂いを嗅がせてもらったことがある。