石 弘光(いし・ひろみつ) 1937年東京に生まれ。一橋大学経済学部卒業。同大学院を経てその後、一橋大学及び放送大学の学長を務める。元政府税制会会長。現在、一橋大学名誉教授。専門は財政学、経済学博士。専門書以外として、『癌を追って』(中公新書ラクレ)、『末期がんでも元気に生きる』(ブックマン社)など。
石 弘光(いし・ひろみつ) 1937年東京に生まれ。一橋大学経済学部卒業。同大学院を経てその後、一橋大学及び放送大学の学長を務める。元政府税制会会長。現在、一橋大学名誉教授。専門は財政学、経済学博士。専門書以外として、『癌を追って』(中公新書ラクレ)、『末期がんでも元気に生きる』(ブックマン社)など。
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2017年10月、家内と2人で紅葉を見に長野県の高瀬ダムへと向かった。中央に見えるのは巨大なスキージャンプ式洪水吐である。
2017年10月、家内と2人で紅葉を見に長野県の高瀬ダムへと向かった。中央に見えるのは巨大なスキージャンプ式洪水吐である。

 一橋大学名誉教授の石弘光さん(81)は、末期すい臓がん患者である。しかも石さんのようなステージIVの末期がん患者の5年生存率は、1.4%と言われる。根治するのが難しいすい臓がんであっても、石さんは囲碁などの趣味を楽しみ仲間と旅行に出かけ、自らのがんを経済のように分析したりもする。「抗がん剤は何を投与しているのか」「毎日の食事や運動は」「家族への想いは」。がん生活にとって重要な要素は何かを連載でお届けする。

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 忘れもしない2年前の2016年6月、東京医科歯科大学病院ですい臓がんが見つかった。実は5年前からすい臓に嚢胞(のうほう)(膵管内乳頭粘液性腫瘍――IPMN)があると指摘されていた。すい臓の嚢胞はその2、3割が、将来がん化する怖れがあるといわれていたので、毎年造影剤入りのMRI(磁気共鳴断層撮影)検査を受けて注意をしていた。それにもかかわらず突然がん化が見つかり、なんとその時にはすでにリンパ節と肺へ多発転移していた。「ステージIVb」。まさに、末期すい臓がんであった。

■末期がんでも、健常者並みの生活を送ることができる 

 遠隔転移もあったために手術も放射線治療も受けることができず、私に残された手段は化学療法つまり抗がん剤治療のみであった。抗がん剤に関しては医学界でもその使用に関し一部批判の声もあるが、私は躊躇(ちゅうちょ)なくその治療を受けることにした。以来2年間、抗がん剤の様々な副作用に悩まされながらも、日常的にはほぼ健常者並みの生活を送ってきた。

 末期がんと聞くと多くの方々は、「入院して治療を受ける」か「自宅で静かに療養している」と考えるらしい。ところが、実際は違う。数日間検査入院したほかに抗がん剤の点滴を最初1、2回、病院のルールに従って入院し投与した以外、私は治療のために入院したことはない。治療はいつも2週間に1回程度の通院で受けているので、日常生活にはほとんど影響がない。毎日のように外出しているし、スポーツジムにも通っているし、月に1、2回は泊まりがけで旅行にも出掛けている。
 

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