SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機の『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「慶應ボーイ」。
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午後の東急東横線に乗っていると、ペンとペンの徽章をつけた高校生によく出くわす。慶應義塾高校の生徒である。慶應高校は東急日吉駅の目の前にあるのだ。
慶應高校の生徒は、ものすごく態度が悪い。悪いというか、横柄である。電車の中で大声で騒ぎながら、パック入りのジュースをがぶ飲みしたり、アイスクリームを食べたりしている。
七人がけの席に四、五人で脚を投げ出して座り、他の客が乗ってきても一顧だにしないので、後から乗ってきた客の方が別の車両に移っていったりする。
こうした光景を目にする度に、大センセイの頭の中では、憤りと妬みと偏見が入り混じった感情が、グルグルと渦を巻く。
君らのお父さんやお母さんは、きっとペルシャ絨毯の輸入商をやっていたり、会計事務所を開いていたりするんだろうな。
そんでもって、結婚相手はどこぞのお嬢さんで、飛び切りの美人のクセに性格までよくて、彼女のご両親ももちろんお金持ちで、そんでもって、子供はやっぱり慶應幼稚舎に入れるんだろうな。そんでもって、そんでもって、そんでもって……でも、世の中、そんなに甘くないと思うぞ!
これまでに大センセイが目撃した一番すごい慶應高校生は、電車の座席の上でポーカーをやっておった。
三人組だったが、他の乗客のことはまったく眼中にないらしく、「ちぇっ」とか、「来たっ」とか言いながら、座席の上にカードを投げている。
電車は空いていたし、ポーカーが禁じられているわけではないから、大センセイ注意はしなかったものの、よっぽど校長宛てに手紙を書いてやろうかと思った。
文案を空想していた、その時である。電車がホームに滑り込んでドアが開き、三人組の中のひとりが立ち上がって降りようとすると、座ったままのひとりが、
「おい!」
と鋭く彼を呼び止めた。すると、降りかけた彼が振り向きざま、ポケットから千円札を取り出して、座席の方に向かってパッと投げたのである。
それは、悔しいけれど、実に鮮やかな、そして、様になった投擲であった。
後日、地方の高校から慶應に入った若者に、こうした内部進学者の生態について尋ねる機会があった。
「彼らはきっと、お金持ちの子供なんだろうね」
「そうだと思います」
「そう思います」
「だから、ああいう連中はさ……」
「だから、ああいう人たちは……」
だから!?
「深みがあるんです」
「?」
「ひとつの事を究めている人が多いんです。僕みたいな普通のサラリーマンの子供にはとうていかなわない、深い知識と経験を持っている人が多かったですね」
大センセイの頭の中は、一層グルグルと渦を巻いてしまうのであった。
※週刊朝日 2018年5月25日号