入学式シーズン。ピカピカのランドセルを背負う子どもたちは、どんな将来を思い描くのか。人気タレントの皆さんに、思い出の写真の頃を振り返っていただきました。
■ブルゾンちえみ
小学3年生の頃、私の遊びの中心は「お絵かき」でした。どこかに旅行となったら、カバンの中には必ず「らくがき帳」を入れ、それを忘れると、とても不安になった。毎日毎日毎日……、よく飽きなかったなあと今では思います。ほかにも、本を読んだり、ジグソーパズルをしたり、家での一人遊びが大好きで、「今日はパズルやるから遊べない」と、友達の誘いを断ることもありました。友達も、一つのことに熱中すると、それしか見えなくなる私の性格を理解してくれていましたから、はたからは寂しそうに見えたかもしれないけど、本人は充実していました。そんな幼少期の特性が、仕事に熱中している今の自分を作ってくれたと思います。
■せんだみつお
チャンバラ遊びが大好きだった僕は、小学3年生のときに、宮崎から東京・荻窪に引っ越してきました。わんぱくでしたがガキ大将でも参謀役でもなく、みんなの周りをチョロチョロ動き回っているタイプでしたね。田舎育ちで都会に順応できるか親は心配したそうですが、僕はクラスの男子を集めて、九州弁を教えるなどして溶け込んでいました。東京に来てからは映画三昧。大好きなチャンバラ映画を見まくり、時代劇スターに憧れていました。
20代でテレビの司会者として成功しましたが、人気は10年と続かず、役者として頑張り始めたころ、憧れの萬屋錦之介さんとドラマ「破れ新九郎」で共演。僕は長屋の差配という端役でしたが、子どものころの夢がかないました。
■彦摩呂
シングルマザーだった母は、仕事をしながら僕と兄の2人に必ず手作りのご飯を作ってくれました。子どもながら疲れた顔をしているなと思ったこともありましたが、僕が母の料理を「おいしいなぁ~」と言って食べると、それが嬉しそうな顔に変わるんです。当時はまさか“食レポ”でおいしさを伝える仕事をするなんて思ってもいませんでしたけど(笑)。
当時憧れていた仕事は、ゾウの飼育員。同じ格好をしたくて、雨も降ってないのに長靴履いて過ごしてました。「ゾウの飼育員は公務員だから、試験に合格するために勉強しなさい」って言われて、諦めました(笑)。