山田さんは初診時の血液検査で貯蔵鉄フェリチンが不足していること、低体温傾向があることが判明した。指導のもと鉄やビタミンなどの補充を受けながら、約8カ月かけて4種類の薬を徐々に減らし、2年前に断薬を完了。現在は再発もなく元気に過ごしている。
「人が話を聞くことは有効なのです。精神科においては心理療法と適切な薬物療法を組み合わせることがベストの治療法です」
千村医師はそう強調し、また、身体疾患の見落としの可能性も指摘する。
「治療を続けても回復しない人の中に、鉄欠乏性貧血や甲状腺の病気、睡眠時無呼吸症候群など別の身体疾患の治療がなされないまま症状が混乱している人がいます」(千村医師)
このため血液検査のほか、常に体重、血圧、体温など身体のデータに注意を払う。
うつの原因を調べるための血液検査は、症状、性別、年齢などにより、フェリチン、亜鉛、ビタミン、ホルモンなど、保険適用のものと自費診療のものをおこなう。
千村医師は、身体管理に加え生活習慣や心理面の支援も重視する。「うつになった原因」をピラミッドの層(図参照)にたとえて説明し、患者が原因と考える「職場環境からのストレス」など目に見える部分は、実は氷山の一角であることが多いと指摘する。そして本人も自覚できていない食事、運動、睡眠などの生活習慣、生育歴や家庭環境などにより長年の間に形成された「考え方の癖」や「生きづらさ」の存在に患者自身が気づくことの大切さを指摘する。このため患者と初診時にじっくり対話し、根本の問題を共有してから、薬の見直しに入る場合が多い。
問題が根深いものではない場合は、身体管理や生活習慣の立て直しをしながら、少しずつ薬を減らし、半年から1年程度で断薬を完了する人が多い。長期のカウンセリングを必要とする問題を抱える患者の場合は、根本を解決しないとせっかく良くなっても再発しやすいため、3年程度かけて取り組む覚悟が必要だという。
適切な減薬によってうつ病から回復する人は少しずつ増えている。減薬のノウハウは個別性が高く医師も個々の患者に合わせて手探りで計画を立て試行錯誤しながらおこなっているのが現状だ。また、投薬と異なり、時間と手間のかかる作業となることが多い。だからこそ患者と医師が信頼関係を持つことが大切だ。
急な減薬、断薬による心身へのダメージや後遺症を減らすためにも焦らず時間をかけること。薬の影響や離脱症状について率直に話し合いをしながら慎重に「引く治療」を進めることが回復の鍵のようだ。
※週刊朝日 2017年10月6日号