マーリス監督と3作目の映画となる「ふたりの旅路(原題・Magic Kimono)」は、監督の出身地であるバルト三国の中央に位置するラトビアの首都リガ市と、その姉妹都市にある兵庫県神戸市。その2都市を舞台にした、ラトビアと日本の初の合作映画。

――「バルト海の真珠」と讃えられるリガ市の旧市街の街並みの美しさ、食するシーンが印象的でした。

桃井「あるレストランでケイコが独り言をつぶやくシーンの撮影の時のことです。なんてことはない、『あなたと一緒に行ったご飯屋に入ると辛くて。あなたがいないのが辛くて……』というシーンです。でも不覚にも、そこで私は泣いてしまった。いやいや、ここで泣くのはちょっとおかしいぞ、と思ったけれども、涙は止まらなかった。その後、監督に撮り直しをお願いしたのですが『いいシーンになったから、このままで』となりました。

――その涙のワケは。

桃井「主人(編集部注:桃井さんは2015年、この映画の撮影に入る前に、64歳でご結婚)がもしも死んだら、私も彼と一緒に行ったご飯屋でご飯を食べられないんだろうな、とか。食べながら泣くんだろうなとか……、想像してしまったのです。私はこれまでずっと一人でいたし、一人は全然平気だったんです。が、彼と一緒になってから『一人ぼっちの恐怖』を感じるようになった。彼が死んで一人になったら、死んじゃったほうが楽だろうなぁ、一緒に燃やして貰ったほうがいいなぁ、とかそんなふうに思ってしまうぐらい、彼がいない世界で生きることの恐怖感があるのです。

――映画の中では、失ったはずの大切な人と繋がっていきます。

桃井「私も父を送りましたが、父と一緒に過ごした50年以上の月日よりも、父を送った後の半年間のほうが、父を近くに感じたという体験があります。当時の製作サイドのスタッフ間では有名な話ですが、私が入る部屋はみんな電球が消える、ということもありました。亡くなったらそこで終わりなのではない。その人が生きていた事実はずっと残るのです。だから、それを大切に守るべきなんじゃないかな、と」

 イッセー尾形さん演じるケイコの亡き夫の愛情を素直に喜べないケイコ。愛情で結ばれた人同士の別れの虚しさを、息の合う二人が皮肉を交えながら、演じている。

 生きていれば、いつかは別れがやってくる。でもその絆は、たとえ見えなくても、ずっと続く。そんな確信を、この映画を観た後に持てるようになるだろう。

桃井「大切な人を失った人にも希望を与えられる映画にしたい。亡くなったら終わりではなくて、想像力の中だけででも、その人が、生きている人とともに、共存しながら、未来に向かって、成長していってもいいのではないか、と。そんな話をマーリス監督としていて、できた映画なのです」

 ラトビアという国に旅してみたい、食してみたい、そんな思いになる映画でもある。

(本誌・大崎百紀)

※週刊朝日オンライン限定記事

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