西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。帯津氏が、貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。
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【貝原益軒 養生訓】(巻第四の65)
四十以後、血気やうやく衰ふる故、
精気をもらさずして、只しばしば交接すべし。
如此すれば、元気へらず、
血気めぐりて、補益となる
養生訓のなかで食養生と共によく知られているのが性養生でしょう。本来、中国の養生の教えには三つの柱があり、最初に気功、次に食養生、最後に性養生が来ます。ところが、中国でも性養生については、あまり語られなくなってしまいました。益軒が唐代以前の医薬書の集大成といわれる『備急千金要方(びきゅうせんきんようほう)』を引用して性養生についてしっかり説いているのはさすがです。しかも、益軒は22歳も若い奥さんと84歳(数え年)になっても仲睦まじく暮らしていました。奥さんが先立ち、1年たたずして益軒も亡くなります。実践を踏まえた教えだけに説得力があります。80歳を超えることになった私も学ぶところ大です。
『備急千金要方』は唐代初期の名医で「薬王」とも讃えられた孫思(そんし)ばく(※)の著で、益軒はそこに書かれた「房中補益説(ぼうちゅうほえきせつ)」を性養生の方法として紹介しています。
「40歳を超えると血気がようやく衰えるので、精気(精液)をもらさないでしばしば交接しなさい。こうすれば元気が減ることがなく、血気はよく循環するので体に益になる」
というのです。いわゆる「接してもらさず」の教えです。この「接してもらさず」は現在でも中国の気功家がよく言うのですが、聞くたびに「なんたるやせ我慢」と私は感じていました。気持ちのいいセックスをすれば射精は自然に起こるもので、それを不自然に止めてしまうのは体に悪いのではないかと思うのです。
「40歳を超えてもなお血気がはなはだ衰えていないのであれば、情欲を断つことは忍びがたい。かえって害がある」
とはっきり言っています。ただし、
「もし年老いてもしばしばもらせば大いに害がある」
と続きます。
人生50年の江戸時代に40歳以上といえば、老境であるはずです。しかし、齢80歳を優に超える益軒から見れば、まだ血気盛んということになるのでしょう。40歳を超えて老境にいたっても、まだ衰えていないのであれば、我慢することはないと言っているのです。
40歳を超えて衰えてきている人に対しては、次のように説きます。
「衰えてくると、もらさなくても、壮年のように、精気が動かなくてとどこおってしまうということがない。だから、この方法がやりやすくなる」
さらに、
「この方法で精気を浪費しなければ、しばしば交接しても、精も気も少しももらすことがなく、そのつどに湧き上がった情欲をしずめることができる。この古人の教えは、情欲の断ちがたきを抑えることなく、精気を保つことができるよい方法である」
と説きます。益軒は情欲を否定していません。むしろ、生命(いのち)の躍動として推奨しています。そして「しばしば交接すべし」というのですから、益軒先生の性養生にはなんとも粋な計らいがあります。
※「ばく」の字はしんにょうに貌
※週刊朝日 2017年4月28日号