蛍光灯が国内で初めて使用されたのは40年。法隆寺金堂の壁画を後世に残すために始まった模写事業の照明としてだった。採用された東京芝浦電気では、翌41年から「マツダ蛍光ランプ」の名称で昼光色15ワットと20ワットの2種を発売。だが、明るさは現在の半分にも満たなかったという。

 ビジネスパーソンにもファンが多い「ホッピー」は、ビールの代用品“焼酎割り飲料”として48年から販売されている。80年代はかんきつ系炭酸飲料に押されて低迷したが、ビールに含まれるプリン体がなく、ビタミン類・必須アミノ酸などが多く含まれているので、焼酎のヘルシーな割り材として注目を浴び、今は右肩上がりで成長中だ。

 正月の風物詩の一つ「お年玉つき郵便はがき」の発売初年度は49年。ポストに投函(とうかん)すると年末まで郵便局に留め置くスタイルは現在と同じで1枚2円。直近の2017年用の年賀はがきの当初発行枚数は約28億5330万枚。最高は04年の約44億5千万枚だ。

 音声を記録する日本初の磁気録音機「G型テープレコーダー GT‐3」は1950年に販売開始。業務用として製作したためガバメントの頭文字をとってG型と命名し、最高裁判所をはじめ諸官庁に納入された。価格は16万8千円で、重量は45キロもあった。一般用は翌年発売のH型で重さ13キロ、価格は8万4千円也。木製トランクに入っていた。

 53年2月1日のNHK、8月28日の日本テレビによるテレビ放送スタートを前に、各家電メーカーは開発に血道をあげていた。国産初の栄誉を獲得したのは早川電機工業の「14型白黒テレビTV3‐14T」。52年末に量産体制が整い、翌年から一般販売が開始された。だが価格は17万5千円。当時の大卒初任給は8千円前後なので、おいそれとは手が届かなかった。

 55年に新発売された「トランジスタラジオTR-55」は、真空管の代わりに、半導体素子のトランジスタを使用した画期的なコンパクトラジオ。トランジスタが消費電力を抑え、同時に小型化・軽量化・携帯が可能になった。メーカーはソニーのルーツ・東京通信工業。後の「ウォークマン」開発へ向けた第一歩とも言える。

 年間997億食!(2016年5月11日、世界ラーメン協会発表)も全世界で食べられているインスタントラーメンの元祖は1958年発売の「チキンラーメン」。麺を油で揚げて乾燥させる「瞬間油熱乾燥法」を考案して、「保存性」と、お湯が吸収されて麺が元のやわらかい状態に戻る「復元性」を同時に獲得。「フランス、中国、どこの料理先進国でもスープの基本はチキン。あっさりでくせがなく、皆に愛される」という日清食品・安藤百福社長(当時)の一声でチキン味に決まったという。(高鍬真之)

週刊朝日  2017年3月10日号より抜粋