対談が行われたホテルニューオータニ(東京都千代田区)の庭園で。ホテルニューオータニは、江戸時代、井伊家の江戸中屋敷であった場所にある(撮影/写真部・長谷川唯)
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 2017年NHK大河ドラマは「おんな城主 直虎」だ。直虎は女性で、徳川四天王の一人、井伊直政の後見人と伝えられるが、史料は少なく、謎が多いとされる人物だ。直虎の小説を書いた直木賞作家の安部龍太郎氏と、井伊家17代当主の長女、裕子さんが対談した。

井伊:本日は、お目にかかれてうれしく思います。井伊裕子でございます。彦根藩初代藩主直政から数えて17代当主の長女になります。先生の書かれた、直虎を主人公とした小説「湖上の城」(『おんなの城』収録)をとてもおもしろく拝読しました。そのなかで主人公の直虎の名前を「奈美」とつけていらっしゃいますが、どうしてこの名前にされたのですか?

安部:(直虎の領国であった井伊谷[いいのや]に)浜名湖がありましたので、湖の「波」のイメージから「奈美」と名づけました。

井伊:やっぱり! 私も、もしかしてそうかな、と思っていました。「波」からきたのかも、って。

安部:それは、うれしいですね! 小説ですからね。最初から「次郎法師」という尼号で呼ぶわけにもいかないし、本名があったほうがいいかな、と思い、「奈美」と名づけたのです。

井伊:直虎にかぎらず、昔の女性は、系図に「女」としか書いてないですからね。

安部:自分の名前が残ってないのは、昔の女性の宿命ですね。大河では直虎の名前は「おとわ」ですかね。

井伊:そうです。(直虎は)名前にかぎらず、あまりにも史料が残ってないですよね。安部先生の小説では、奈美(直虎)が家督を継ぐときに男の衣装を着るシーンがあります。そのシーンが印象的で、気の毒というか、胸がギュッとしめつけられて。つらかっただろうなって……。女なのに、父や許婚(いいなずけ・直親)、一族の男性がみんないなくなってしまったがために、家督を継がなくてはいけなくて。その重さを思うと……。私自身も2人姉妹で、妹がいるだけです。いろんな人に「跡継ぎは?」「次の当主はどうなるの?」と言われたことも多かったのです。今の時代に生まれた私ですらそうですから、直虎の時代は、と思うと……読んでいてつらくなりました。

安部:そうでしたか。直虎に男性の衣装を着させたのは、「直虎」と名乗っているからです。尼姿だと、後世に尼号で語られていたと思うのです。尼号ではなく、あえて直虎と男性名を名乗ったのは、「井伊家の正統を継ぐんだ」と内外に示すためだったのではないかと。だから、直虎の名前を名乗ったのに、尼姿だと説得力がなかろうと。だから男装で描きました。

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