住民に直接の被害は出なかったとはいえ、今回の事故で県民の間には不安と不信が広がった。墜落現場の目と鼻の先にある名護市安部(あぶ)区の住民は、口々に「起こるべくして起きた事故」と表情を曇らせた。

 當山真寿美区長は、普天間飛行場の辺野古への基地移設後を心配する。

「基地が移設されたら集落の真上が飛行経路になる。今回はそうなる前の事故。これでは今後も同様のことが起こる可能性が絶対にあるとしか言えない。住民の方々も不安がより大きくなった。できたらオスプレイには飛んでほしくない」

 在沖縄米軍トップのローレンス・ニコルソン四軍調整官は安慶田(あげた)光男沖縄県副知事の抗議に逆切れし、面談の場で「県民や住宅に被害を与えなかったことは感謝されるべきだ」などと声を荒らげた。この態度にも異論を唱えた。

「事故が起きた時に魚を捕るために海に出て墜落を近くで目撃した住民もいた。落ちた場所は子供や大人たちも普通に遊ぶ場所。被害が出なかったのは偶然に過ぎません。こちらが怒ることなのに、ああいう言い方をする司令官がいること自体、信じられない」(當山氏)

 沖縄県民がいらだつ理由はほかにもある。米軍は事故原因の究明など独自に定めたチェックリストに問題がないと判断できるまで沖縄でのオスプレイの飛行停止を決めた。だが、整備と点検のために、今月第4週にも伊江島に駐機中の1機を普天間飛行場まで飛ばすと日本政府に通告していた。その後は飛行停止措置を続けるとはいえ、事故から1週間での飛行は県民感情を逆なでする。

 また、日本側は墜落した事故機体の捜査もできない。両政府が取り決めた日米地位協定で、「公務中の事故」は米側に第一次裁判権があるからだ。

 事故後、海上保安本部は捜査協力を申し入れたが、米軍からの返事はないという。事故翌日に現場を訪れた稲嶺進名護市長も、警備を行う地元警察によって立ち入りを制止された。2004年に沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落した際にも日本側は一切捜査ができない苦い経験をした。今回もそれが繰り返された。

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