ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「矢野顕子」を取り上げる。

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 以前ここで書いた木村拓哉さん出演のタマホームのCM。いよいよ『キムタクのカッコ良さ』が万能ではなくなったことにより、そこから今後のSMAPの楽しみ方を見出したものの、直後に解散が決まってしまいました。周囲からは「あのタイミングであんな文章を書くなんて、相変わらず意地悪ね」などと揶揄されましたが、書いたのは解散発表前。しかも、SMAPの未来に対し、極めてポジティブな捉え方をしたつもりだったのですが。万能性を失い、逆風に立たされたキムタクこそ、SMAP新時代の味わいどころだと期待していたので、つくづく残念で仕方ありません。やっぱり私、意地悪かも。

 それはさておき、解散発表と時を同じくして、タマホームのCMからも姿が消えてしまったキムタク。あそこまでしておきながら、タマホームったら、肝心な時にセンスないわ。代わって、最新作に起用されたのは、CMの女王・矢野顕子さんです。もちろんピアノを弾きながら、お馴染みの『誰も期待せずとも期待通りの矢野節』に染まった『ハッピーライフ♪ ハッピーホーム♪』を朗らかに唄ってらっしゃいます。代理店的企画・発想ゼロ、120%矢野顕子ひとりの力による作品です。一瞬、前作のキムタク(ピアノ一本での歌唱)は、「矢野さんへの噛ませ犬?」と胸が高鳴りましたが、恐らく諸々あっての『急遽の矢野顕子』だと思われます。それにしても「弾いて唄っていっちょ上がり!」って、矢野さんカッコイイ!

 
 ただ見方を変えると、気持ち良さげに唄っていたキムタクを、「ちょっとそこの素人さん、どいて。アハン♪」と、手ぶらで来た矢野さんが即興でコンサートを始めてしまったかのような、薄ら怖さもあったりなかったり。例えば『ミュージックフェア』で、持ち歌を一生懸命に唄う歌手の背後から、いとも簡単に超自己流でかっさらって行くような。そして、散々最後まで唄いきり、もはや原形を止めないくらいにした挙句、「もう要らなぁい。ウフン♪」と突き返すような。ということは、再度キムタクの登場もあるかもしれません。なんと壮絶なシナリオ。タマホームさんよ、何故そこまで彼を追い詰める? ぞくぞくするじゃないですか。センスないなんて言ってごめんなさい。

 思えばトヨタのCMでも、キムタクが「丘を~越え~て~行こうよ♪」と唄っていた最後に登場していた矢野さん。ユーミンやみゆきさんのようなカリスマとも違う、常に「偶然通りかかっただけよ♪」的スタンスを変えることなく、その存在を貫いています。まるで目の前の敵を、ピアノと声だけを武器に、悠然と且つ黙々と片付けていく仕事人のようです。学生の頃、何度か彼女のコンサートへ足を運びましたが、工藤静香も真っ青の、情と怨と才に満ちた生アッコちゃんの歌と演奏に、引きつけを起こしそうになったのを思い出します。それにしても、あの人のお茶の子さいさいな鼻歌風情に対抗できる歌手などいるのでしょうか。玉置浩二くらいしか思い浮かびません。職人肌・芸術家肌でありながら、実は誰よりも器用で軽やかな大物・矢野顕子。日本征服まであと少し。キムタクをお暇(いとま)させた次は、さし急ぎ『ペンパイナッポーアッポーペン』を、2分弱で片付けると意気込んでいるとか。

週刊朝日 2016年11月11日号